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2006年3月 5日 (日)

삼일 운동 三・一独立運動(韓国)

 3月1日は、韓国の三・一独立運動(サミル トンニプ ウンドン)の日だ。

 1919年この日に、朝鮮民衆が独立を求めて起した「三・一独立運動」。第一次大戦が終わったころ、儒教を主とする韓国の各宗教(天教,仏教,儒教)の指導者たちが協力し、世界でも最初の力によらない平和独立宣言といわれる「独立宣言書(삼일독립선언서)」を作成した。
Photo_2  朝鮮全国にこれを配布し、3月1日にパゴダ公園(現在のタプコル公園)に終結した運動の場でこの宣言書を読み上げた。実際には主旨の説明までしかできずに帝国警察にとり抑えられたという。

 背景は、大日本帝国の統治下にあった朝鮮。
 1919年1月のパリ講和会議での方向付け、そして数日前の米国ウィルソン大統領による「統治者の正当な権利は統治されるものの同意を得てのち生ずる」という他国による支配を否定する大演説が大きな原動力となった。
 日本への留学生たちが独立宣言をして処刑されたのも運動の火に油を注いだようだ。

31  「独立宣言書」には、われわれはここにわが朝鮮国が独立国であること、朝鮮人が自主の民であることを宣言する。これを世界万国に告げて人類平等の大義を明らかにし、子孫万代に告げて民族自存の正当な権利を永久に享有させようと思う。[中略]/今日われわれの任務はただ自己の建設があるのみで、決して他を破壊することではない。(かってに大阪産大の藤永先生の訳を引用させてもらいました) そして、日本に抵抗する意思が無いこと、東洋の一員として非暴力のもとに正しい平和を築かんとすることを宣言している。

 結局独立運動は失敗に終り、45年の開放まで苦しい帝国の統治が続くことになるが、この運動が中国の「五・四運動」や、インドのガンジーによる非暴力主義にも影響を与えた。
 チョットしゃくだがわが国より大人であり、運動を犯罪として取押えた日本は支配することによって歴史上の汚点を益々今日に引きずるといった実質的「負け」に陥ったといわざるを得ない。

 我々は、このことを反省し貴重なこの経験を生かして常に真実を見つめる目を養わなければならない。(同社大学 浅野先生のゼミHPに興味深い資料が三一独立運動から学ぶ「東洋平和」「日本支配下の裁判」に関する日韓共同研究会の報告あります)
 そして名実共に「負け」を決定付けられた原爆の被害者として、どの他国にもできない経験を持つ、本当に強い日本を守り、作り上げなければならない。
 私たちは、戦争に負け、武力を放棄し、平和な国に暮らしていると勘違いしているように感じる。 戦後ほんの70年、長いながい戦乱の世の中の歴史のほんの一瞬の出来事。 アメリカは年中戦争をしているし、世界中に※※領がある。 核を持たない国は攻撃を受ける。
 何も戦争なんて終わっていない。 武器を棄てた私たちはうわべの平和主義ではなく彼らの「三・一運動」の精神から学ぶことがたくさんあるように感じた。

 この記事は、昔から歴史が大の苦手で勉強もしてこなかった私が、韓国のサイトやなんかを読んで感じたことを書いています。中には勘違いもあろうかと思います。ご意見や訂正などありましたら宜しくお願いします。

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