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2006年3月27日 (月)

パッチギ!(박치기!)--その3

さて、「パッチギ!」に対して個人的な思い出を・・。
ちょっと裏話とひとり言です。

Pacchgi1  物語の舞台は京都。 哲学の道付近で話は始まる。 映画で康介の学校は京都東高校という名前になっているが、なぜか私の頭の中では東山高校とダブってしまう。 周辺の景色から古い記憶がそうさせてしまうのか? おかしい。 東山ですよねぇ監督っ。
 裏の話をすると親善サッカーの(撮影された)グランドは比叡山高校のグランドなのだ。
 これまた私の今の住居に近い、そうあの高校野球の比叡山高校。 ああ何てローカルな話題なんでしょ。

Pacchigi3  康介が半信半疑のキョンジャに誘われて出かけていった酒宴の場面。 キョンジャの口から柔らかい関西弁が「ほんまに来たん?」 円山公園での出来事。
 ござを敷いて一席やっているあの風景はなんとも見慣れた風景。 京都の人なら誰でも丸山公園だとわかってしまう。
 国に帰ろうと決心したキョンジャの兄で番長のアンソンを送る親族による歓送会の席だった。 初めて康介は彼らと打ち解け、カンゲ(康介の韓国読み)と呼ばれ家族みたいになる。 ぜんぜん家族ではないんだけれど一旦知り合って打ち解けたら向こうの国では家族同然に大切にしてくれるのだ。

 後半の鴨川周辺。 ここいらは本当に懐かしい。 実際に私が少年時代をすごした地域での出来事。 確かに高橋(たかばし:九条通りの東の端で鴨川にかかった大きな橋。昔の国道一号線でかつては市電も走っていた)の下には映画に出てくるそっくりのぼろ鉄やらゴミ回収業者があった。
 カンゲがやりきれない気持ちでギターをたたきつけて壊しちゃった橋の手すりって高橋の下にあった橋? 自転車にまたがったまま友達と駄弁るときに足安めになったところだ。
 本町通りには大人の映画館八千代館もあったと思う。 その隣の電気屋さんは同級生の家だった。
 鴨川のへりの集落は、母からあまり行くなととめられていた地域でもあった。 そうだ! まさにそこがパッチギの舞台だった!

 先日、機会があって何年かぶりに散歩したら、だいぶん景色は変わっていた。 川から東の方は川端通りが立派な道路になっているし、塩小路周辺もマンションの群れ、京都駅側は高瀬川公園化計画。 南の方は少し古い景色が残っているのだろうか。

Pacchgi6  1968年というと私が少年のころ。 まるで自分が暮らしていたその暮らしのすぐ横で展開された事実をレポートされたような内容なのだ。
 井筒監督は奈良出身ではなかったのですか?
 なんでそんなによく知っているの?
Pacchgi4  学校同士の大規模な喧嘩やリンチ事件(実際どの程度のものだったか覚えていないが)学校の硝子全壊、そんな事件が時々起こった。 眠っていた記憶がよみがえってくる。

 もうすぐ桜の季節、この鴨川沿いは素晴らしい花見スポットとなる。
 休みの日にでも一度ゆっくり歩きに行ってみよう。

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2006年3月26日 (日)

パッチギ!(박치기!)--その2

私の「パッチギ!」を紹介します。

Pacchigi2_1 この映画には特別な思いがある。
 単に心打たれる映画だからという理由からだけではない。 私もこの映画の制作には微力ながら力を貸した一人だったのだ。
 私の妻はエキストラで出演している。
 撮影のとき我が(自称)大女優である妻の帰りが遅くなり、夜の夜中に撮影現場近くまで車を走らせたというのが私のした仕事。

 実は私自身もオーディション会場で写真を取ってもらってエキストラ登録していた。
 何度か出演依頼の電話をもらったけど結局本業の仕事が忙しくて協力できなかった。
 結果的にひやかしになってしまった。 ごめんなさい。

 ところで、私の妻がいつ出演しているかというとアンソンの彼女が産気づいてバスの中で大変なことになっているとき。 向かって左側の席で心配そうに振り返っているおばさんが私の妻。
 予告編を観てください。 (韓国のサイトですが予告編が観れます)
 0.5秒ぐらい映っています。 それが私の妻だ。 うん。 ほかにも本屋さんの前を自転車で通ったとか、言っているが結果的には画面には映っていない。

 題名の 「パッチギ」 と言う言葉。
 助監督の佐和田さんから企画意図の説明を受けたときに、そんなこと知らないのは自分だけかと恐る恐る質問した。 「パッチギって何ですか?」 答えは 「頭突きみたいなそんなのをパッチギって言いますね」 だった。
 大阪の方言になっているらしいが実は韓国語だった。

 在日側の大将アンソンの喧嘩の必殺技が頭突きだった。
 「イゴシ パッチギヤ! (これがパッチギや!)」 と最後の一撃を放っていた。
 作品全体を通して流れる主題である辛い歴史を背負った、民族の壁を突き破れという、若い力に強い思いを託した言葉だった。

井筒監督のインタビュー1 面白いです。

井筒監督のインタビュー2

 この映画の題名は最初は 「恋はパッチギ!」 だった。
 最終的に 「パッチギ!」 に収まった。 恋なんて言葉は要らなかった。 確かに題名を聞いた第一印象ではもっとお茶らけた映画だと思ったし、真剣な訴えに「恋」なんて文字は要らなかった。

映画の主題歌「イムジン河」です。

イムジン河 Music イムジン河

アーティスト:ザ・フォーク・クルセダーズ
販売元:アゲント・コンシピオ
発売日:2002/03/21
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パッチギ!(박치기!)--その1

なんとなく井筒和幸監督の映画「パッチギ!」を紹介してみよう。

Pakchigi  1968年の京都を舞台に繰り広げられる在日朝鮮人たちと日本の若者たちの葛藤と恋の物語。
 喧嘩を繰り返す東高校と朝鮮人学校の親善サッカーがきっかけで寺の息子康介が朝鮮人学校の番長アンソンの妹キョンジャに恋をする。 ドラマは、恋だけでは片付かない現実と重い歴史が日本人の若者の新しい体験として展開していく。

 自分はただここで生まれて育っただけだ! なにも悪いことなんかしていない! みんな仲良くすればいいのに! テーマとして終始流れるフォーク・クルセーダーズの歌が語っていた。
 「イムジン川水清く・・・♪」
 鴨川を隔てた向こう側には朝鮮人集落がある。(私はこの近くで少年時代を過ごしました、あまりにも生々しい衝撃が走ります。)そこにキョンジャが。 康介はその隔たりを体で受け止めようとしてみるが・・・。 なんとも清算しがたい過去を若者たちは人として、新しい世代として乗り越えようとしていく。

 監督は井筒和幸、主人公康介は塩谷瞬、キョンジャは沢尻エリカ、その他知っている名前ではオダギリジョーなども出ている。
Yahoo!ムービー - パッチギ!

 「パッチギ!」は、2月の釜山映画祭でも話題を呼び、いま韓国で上映されている。 ミョンドンに CQN という(シネカノンが作ったのでしょうか?)日本映画を紹介する映画館ができてそこで上映されている。 韓国の方たちもぜひ観て欲しい。
CINE21.COM シネカノン副社長이애숙のインタビュー(韓国語)
パッチギの公式ブログ(韓国語)박치기!공식블로그 네이버 블로그

こちらは宣伝。

「パッチギ!」対談篇 ・・・・・・喧嘩・映画・家族・そして韓国・・・・・・ Book 「パッチギ!」対談篇 ・・・・・・喧嘩・映画・家族・そして韓国・・・・・・

著者:李 鳳宇,四方田 犬彦
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2006年3月22日 (水)

신부수업:恋する神父

クォン・サンウハ・ジウォンの韓国映画「恋する神父」を観てきた。(日本のホームページ)

40043  京都の祇園会館で「マルチュク青春通り」(マルチュクのH.P.)と共に上映されていたが、なかなかの大入り(もちろん大半がおば様がた)で驚いた。 実は’マルチュク’が見たかったんだけど時間が合わず、’神父’の方を見た。

 「恋する神父」は2004年に韓国で封切られた映画。 韓国でのタイトルは’신부수업(神父授業)’、読みようによっては新婦授業とも読める。

 カトリックの神学生のギュシクが大切なミサの最中に大失敗を起こし、学友のソンダルとともに精神修行のために送られた田舎の教会が舞台。 そこに現れた自由奔放な神父の娘ボンヒに恋心を抱き苦しむまじめな神学生の物語。
Pair  やはり神父授業は新婦授業にかけられている。 ギシュクから信徒への教えを受けるうちに、初めは全く気にもとめていなかったじゃじゃ馬娘ボンヒも次第に真面目で奥手な青年ギシュクに心惹かれていく。。

 クォン・サンウはテレビドラマで見るような力強い頼れる男性ではなく、真面目で心優しい学生の役柄。 顔つきも役柄に合って線の細いきれいな青年。 ハ・ジウォンも可愛い女の子で、得意のチョット我侭で人を傷つけてしまういつものハ・ジウォンでは無かった。
Childs  話の流れは単純で予想通りの展開だけれど、この映画もやはり韓流得意のちょっとコミカルでちょっとジンとくるラブストーリー。 (泣けるっていったら家内はおかしいと言っていたが・・)

韓国の映画サイト CINE21.com

画像がもらえます nkino.com

ついでにDVDのコマーシャルを......

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2006年3月20日 (月)

「新妻ヨーコちゃんの韓国暮らし」

ソウルで新婚生活。 韓国暮らし(たがみ ようこ著)」 面白かった。

ソウルで新婚生活。―新妻ヨーコちゃんの韓国暮らし韓国の男性と結婚した著者が韓国の文化に触れ、日々訪れる驚きと感動を本にしたもの。 4コマ漫画とエッセイをセットにして見開き1ページで一話になっている。
もともと著者は漫画家や作家ではないようだが、単純な絵がなんとも愛嬌があって、、それに韓国のことを愛する彼女の言い回しに嫌味が無く読んでいても気持ちがいい。

韓国の日本語学習サイト"일본어닷컴" イルボノ(日本語) ドットコムで連載していた漫画をまとめて本にして出版されたものだとか。 韓国では結構話題を呼んだようだ。 私が読んだのは、それを日本語に直して逆輸入?されたもの。 韓国のサイトで連載された漫画を見ることができます。 "일본어닷컴"での本の紹介はこちら

韓国に一人で何週間か出張したときの事が思い出される。 すんごく優しい人と人とのふれあい。 男の私でも気を抜くと吹っ飛ばされそうになるバスのスリル。 道を聞かれて自分は韓国人に見えるんだぁって喜んでみたことなど。
少し韓国を知っている人が読むと面白いのではないかと思う。

Daum shop 図書 での 김미경(キムミギョン)さんのレビュー「(2006-02-01)다른 나라 사람들은 우리나라 사람들을 어떻게 볼까? (他の国の人たちはわが国の人たちをどうみているのか?)」を引用させてもらおう。
----다른 나라 사람들은 우리나라 사람들을 어떻게 볼지 궁금하다면 이 책을 보자. 귀여운 그림체에 한국사람들에 대한 생각이 적혀 있는 책입니다. 아~맞아 하며 즐겁게 보게 됩니다. 이런 점이 당연하다고 생각했는데 다른 나라사람 눈에 특이하다고 생각 되는구나 하는 신기한 느낌이 들기도 합니다. 작가분이 너무 귀여우세요. 2탄도 나왔으면 합니다. 또 옆에 일본어로도 써 있어서 일본어 공부도 된답니다.----
----他の国の人たちが私たちをどう見ているのか気になるならこの本を見よう。可愛い絵で韓国人に対する考えがかかれている本です。あ~そうそうと言いながら楽しく見れます。こんなことはあたりまえだと思っているけれど外国人の目には特異に見えるんだなって不思議に思えたりもします。作家の方はすごく可愛い方ですね。第2弾が出たらいいのにと思います。直ぐ横に日本語でも書いていて日本語の勉強にもなります。----
その他この本を読んで日本語を勉強してみようかな~って思ったという感想文もあった。

ヨーコちゃんへ、
韓国での生活がんばってくださいね。
見知らぬ人ながらも影ながら応援しています。

민구 씨에게
안녕하십니까. 저는 일본 아저씨입니다. 그냥 인터넷을 보거 있어서 민구 씨 페이지에 우여히 만나버렸습니다. 같은 테마로서 운명히 만남미라면서 트랙백을 보내드리겠습니다.
ミングさんのブログにトラックバックしています。

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2006年3月13日 (月)

オークションで落札

ヤフー・オークションでノートパソコンを落札した。

欲しかったノートパソコン。
電池での使用が得意なやつ。

長い通勤時間に使いたかった。

三つ目のオークションで決着が付いた。

一つ前のオークションは凄かった。
直前に最高入札額が上がると、終了時間が5分延長されるシステムが有って、ねばるねばる。
少しずつ金額が競りあがり結局一時間以上延長になった。

使わなくなったパソコンを二台売ったお金で買おうと思ったんだけど、8割近くはそれでまかなえるんだけど、やっぱりこの支出は痛い!

さぁ、楽しみだっ。

ブログの書き込み回数、増えるかな?
むりっ?

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2006年3月 5日 (日)

삼일 운동 三・一独立運動(韓国)

 3月1日は、韓国の三・一独立運動(サミル トンニプ ウンドン)の日だ。

 1919年この日に、朝鮮民衆が独立を求めて起した「三・一独立運動」。第一次大戦が終わったころ、儒教を主とする韓国の各宗教(天教,仏教,儒教)の指導者たちが協力し、世界でも最初の力によらない平和独立宣言といわれる「独立宣言書(삼일독립선언서)」を作成した。
Photo_2  朝鮮全国にこれを配布し、3月1日にパゴダ公園(現在のタプコル公園)に終結した運動の場でこの宣言書を読み上げた。実際には主旨の説明までしかできずに帝国警察にとり抑えられたという。

 背景は、大日本帝国の統治下にあった朝鮮。
 1919年1月のパリ講和会議での方向付け、そして数日前の米国ウィルソン大統領による「統治者の正当な権利は統治されるものの同意を得てのち生ずる」という他国による支配を否定する大演説が大きな原動力となった。
 日本への留学生たちが独立宣言をして処刑されたのも運動の火に油を注いだようだ。

31  「独立宣言書」には、われわれはここにわが朝鮮国が独立国であること、朝鮮人が自主の民であることを宣言する。これを世界万国に告げて人類平等の大義を明らかにし、子孫万代に告げて民族自存の正当な権利を永久に享有させようと思う。[中略]/今日われわれの任務はただ自己の建設があるのみで、決して他を破壊することではない。(かってに大阪産大の藤永先生の訳を引用させてもらいました) そして、日本に抵抗する意思が無いこと、東洋の一員として非暴力のもとに正しい平和を築かんとすることを宣言している。

 結局独立運動は失敗に終り、45年の開放まで苦しい帝国の統治が続くことになるが、この運動が中国の「五・四運動」や、インドのガンジーによる非暴力主義にも影響を与えた。
 チョットしゃくだがわが国より大人であり、運動を犯罪として取押えた日本は支配することによって歴史上の汚点を益々今日に引きずるといった実質的「負け」に陥ったといわざるを得ない。

 我々は、このことを反省し貴重なこの経験を生かして常に真実を見つめる目を養わなければならない。(同社大学 浅野先生のゼミHPに興味深い資料が三一独立運動から学ぶ「東洋平和」「日本支配下の裁判」に関する日韓共同研究会の報告あります)
 そして名実共に「負け」を決定付けられた原爆の被害者として、どの他国にもできない経験を持つ、本当に強い日本を守り、作り上げなければならない。
 私たちは、戦争に負け、武力を放棄し、平和な国に暮らしていると勘違いしているように感じる。 戦後ほんの70年、長いながい戦乱の世の中の歴史のほんの一瞬の出来事。 アメリカは年中戦争をしているし、世界中に※※領がある。 核を持たない国は攻撃を受ける。
 何も戦争なんて終わっていない。 武器を棄てた私たちはうわべの平和主義ではなく彼らの「三・一運動」の精神から学ぶことがたくさんあるように感じた。

 この記事は、昔から歴史が大の苦手で勉強もしてこなかった私が、韓国のサイトやなんかを読んで感じたことを書いています。中には勘違いもあろうかと思います。ご意見や訂正などありましたら宜しくお願いします。

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