2007年1月16日 (火)

韓国体験記(23) - おしまい(끝)

 昨年の7月から、ちょうど半年間に渡って紹介してきた私の「韓国体験記」。
 これでおしまいにしようと思います。

 当時この体験記を書き始めたきっかけは、何か物足りない私のブログにも、何か私らしくて、独自性のあるテーマは無いかと思い始めたことでした。

 数回続けばいいかなぁって思いながら書き始めましたから、これだけ続けば上出来でしょう。
 読者の皆さん、(もし、いらっしゃったら)ありがとうございました。

 

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2007年1月11日 (木)

韓国体験記(22) - 韓国の温泉へ(後編)

 ゆったりとした幸福なお食事の時間を過ごした私たちは、伝統料理店を後に一路名湯수안보(水安堡)スーアンポへ向かった。
 

Suanbo_spa수안보 온천 관광특구
수안보 온천 관광특구는 1000년의 역사를 자랑한는 유서깊은 한국 대표적인 온천 휴양지로 수온 53℃의 약알카리성의 라듐성분을 비롯한 각종 무기질이 함유된 온천수로 피부병, 부인병, 위장병 등 각종 질병에 탁월한 효능이 있으며, 각종 숙박시설과 레져시설을 두루 갖추고 있는 중부내륙 관광의 거점이다. 이밖에 탄산온천을 자랑하는 앙성온천과 유황온천으로 문강온천이 있으며 바로 옆에 블루밸리 스키장이 있다.

水安堡温泉観光特区
水安堡温泉観光特区は 1000年の歴史を誇る由緒のある韓国代表的な温泉休養地で水温 53℃の弱アルカリ性のラジウム成分を含む各種無機質が含有された温泉水で皮腐病, 婦人病, 胃膓病など各種疾病に卓越した效能があり,  各種宿泊施設とレジャー施設をあまねく取り揃えている中部内陸の観光の拠点だ. この以外に炭酸温泉を誇るアンソン温泉と硫黄温泉でムンガン温泉がありすぐ側にブルーバレースキー場がある.

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2007年1月 8日 (月)

韓国体験記(21) - 韓国の温泉へ(前編)

 今回は、温泉を目指します。 (^O^)

 韓国にも温泉があることは聞いていたが、韓国の人たちはどんなお風呂にどのようにして入っているのか、テレビ番組ではシャワーしか見たことないし。 ホテルでもシャワーだし。

 では温泉では…?
 私の妄想は拡大するばかり。

 ラッキー、願えば叶うもの。
 

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2006年12月30日 (土)

韓国体験記(20) - いざムジュリゾートへ(現地編)무주 리조트

 
 あっという間に朝はやってきた。
 今日、무주(茂朱)ムジュリゾートへスキーに出かける。
 
Muju_san  天候、晴れ。
 この日は、私たちのために準備された日だ。

 연무대(練武台)ヨンムデの高速バスターミナルからは7時半ごろからバスが出ていたが、そこまでの市営バスが無かった。 だから、7時にタクシーを呼んだ。

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2006年12月27日 (水)

韓国体験記(19) - いざムジュリゾートへ(準備編)무주 리조트

 ちょうど今時分のクリスマスを迎えようかという時期だった。

 仕事はながびき滞在期間は2週間を超える見通し。
 年の瀬も近づき、なんとしても正月休みまでには仕事を終えて日本に帰りたかった。 「長引けば … 、」嫌な予感。 韓国では、通常お正月を旧暦でやるので、暮れ正月だからといって日本へ一旦帰国する理由は無かった。

Muju_  そんな状況とは裏腹に、まもなく訪れるクリスマス休暇。
 休んでなんかいられないが、先方の事情を無視するわけにはいかない。

 OK 分かりました。
 すでにホテルでこなせる仕事もないし、割り切って遊びましょう。
 私は、連れてきていたソフトウェア技術者を誘ってスキー場に出かける企画を思いついた。
 

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2006年12月15日 (金)

韓国体験記(18) - 새마을호로 セマウル号で

セマウル号で영등포永登浦ヨンドゥンポへ

 親切なお姉さんにデレ~ッとなってしまったお話です。

 仕事が終わってソウルへ帰るのに、セマウル号を使ったことがある。
 セマウル号は指定席になっていて向こうの会社の方に予約してもらった。

 最近のKTXが走ってからの一般的な帰り道とは少し異なるが、当時はヨンドゥンポで地下鉄に乗り換えてソウル市内を移動するのがひとつのコースだった。

 セマウル号に乗車したのは、(いつもの)論山駅。
 電車に乗るとき、2本のプラットホームへは直接線路の上を歩いて渡っていくようになっている。 そこから両側に真っ直ぐに伸びた線路は、農業が中心の平らな土地が、思っているより広いことを自慢するかのように両側に広がっている。
 

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2006年12月 9日 (土)

韓国体験記(17) - 人参の里금산錦山へ(後編)

 ホテルのオジサンと人参の里금산(錦山)クムサンに行ったお話しの後半です。
 ・・・・ 
P4050010_2  

 峠の休憩所には食堂やみやげ物屋があり、私たちはそこでひと時の休憩を取った。
 缶ジュースを一本飲むと今度は山の向こう側へ下ってゆく。

 

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2006年12月 7日 (木)

韓国体験記(16) - 人参の里금산錦山へ(前編)

ホテルのオジサンと人参の里금산(錦山)クムサンに行ったお話しです。
・・・・ 

P4050011  ホテルのフロントでおじさんが「今日の仕事は何時までだ、明日は仕事か?」 としきりにたずねてきた。
 外国人相手に好奇心一杯の質問攻撃が始まったのかと思ったが、考えてみれば、そういう事をするおじさんではなかった。
 なかなか条件が合わなかったが、ある日休息がとれる日がやってきた。
 明日、俺の車に乗れという誘いにOKサインを出した。

 いよいよその日。 天候は晴れ、湿気も無い気持ちのよい朝だった。
 さぁ、これから何が起こるのだろう。

 中肉中背のおじさんの顔は全面黒く焼けている。そして長年の農作業を連想させる深いしわに覆われていて、年齢は推定しにくかった。白髪交じりの頭髪と大学卒業前の娘に、兄がいることから50台後半といったところか。
 話す言葉には南方の訛りがあって、アクセントが強く私の韓国語ヒアリング力ではほとんど理解出来なかった。

 ホテルのほうは、おじさんの息子に任せて私たちは車に乗り込んだ。

 

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2006年10月21日 (土)

韓国体験記(15) - 結婚式4결혼식

 どうも私が出席したのは結局、結婚式だったのだ。

 結婚式にはもちろんスピーチや、余興のようなものはない。

 逆に日本のように、近しい親戚だけで神様の前に集まって厳かに執り行う結婚式とは異なり、大勢の人の前で二人の愛の契りの儀式を見届けていただくのだ。
 日本人の場合でも、教会での挙式はそういうものなのか。

 私は経験が無いのだが。

 式が終わると、受付で貰ったお食事券をもって食堂へ向かう。
 エレベータに乗って5階へ。

Kyolon_4写真はイメージ写真です。
Life in Korea さんから拝借しています。

  
 

 .

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2006年10月14日 (土)

韓国体験記(14) - 結婚式3결혼식

 いよいよS嬢のお友達の結婚式がはじまった。

 私の知っている(日本の)結婚式は、多くは神前にて、ごく親しい親族が集まって厳かに結婚の誓いをし、お互いの家族親戚が今後ともに仲良く暮らしていくことを確認する。 そしてその後、披露宴という豪華な祝賀パーティーに親戚やお世話になった方、親しい友人などが招かれて、食事が振舞われ、参列者はお祝いのスピーチや余興でもって新郎新婦の門出を祝う。 それはひたすら趣向を凝らして豪華でたいそうなもの。

 
Kyolon_1  どんな風に新郎新婦が登場したか、よく覚えていないが、静まった式場の前方中央には、
종매인(仲媒人)チュンメイン、 日本で言うところの媒酌人。そしてその종매인仲媒人に向かって新郎新婦。
 

 静かに見守る大勢の前で、緊張とよろこびが渦巻く。

 この時ばかりは日常の諸々も忘れて祝福してくれる全ての人に身をゆだねる。 二人で誓い合ってきた愛も永遠のものに。。。 祝福されることの喜びを肌で感じる。

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2006年10月13日 (金)

韓国体験記(13) - 結婚式2결혼식

 忠州チュンジュから、ソウルへ。 目的地は結婚式場。

 ソウルに到着すると彼女はどこかのお店に入って 축의금 의 봉투 祝儀金の封筒を買った。
 私はお祝いの印にへたくそな字で『祝、結婚』の文字を書かせてもらった。 緊張のあまり『結婚』という漢字を韓国人のS嬢に確認する羽目に。。(何じゃそら)

 会場へ到着。
 式場入り口前の受付は新郎新婦の知人たちが頼まれて手伝っている様子で、ロビーの様子など日本のそれと大体変わりなかった。

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2006年10月11日 (水)

韓国体験記(12) - 結婚式1결혼식

 通訳のために同行してくれたS嬢と二人で충정도(忠情道)チュンチョンド충주(忠州)チュンジュへ泊りがけで出張していたときのこと。

Sona_weding2  帰りのバスを待っているときに、私が一度韓国の結婚式を見てみたいんだという話をしていたら、急にS嬢が「じゃあ、これから行ってみますか」と言いだした。
 「 … 」(・ o  ・)メガテンニナッタ

 今日、友人の結婚式が有るというのだ。
 なんとなく諦めていたのだけれど、かつさんが行くのならちょうど良いと言う。

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2006年10月 4日 (水)

韓国体験記(11) - 一流ホテルも値切れる

 ソウルの、一流ホテルでのお得な一時宿泊のお話し。

 地方の都市へ出張して、帰国するときはたいていソウルで一泊して、あくる日に帰ることになる。

 余談になるが、
 帰国する日は欲張らず移動日と考えよう。 せっかくの時間を欲張らず、ちょっとした出来事をラッキーと受け止めてその日を満喫し、ハッピーに家に帰ろう。

 一日を有効に使うなら朝一番の飛行機で帰国し、日本での時間を多く取る。 韓国でショッピングでもするなら夕方の飛行機がよい。 その代わり帰ったらヘトヘトになる。
 お昼ごろの飛行機は中途半端。 午前中の繁華街は静かで面白くないし、デパートは10時半ごろまで開店しないから寂しい気持ちで空港へ向かわなければならない。 そんなときは考えを変えて彼らの日常に触れさせていただくべし。 路地裏、静かな商店街、公園の緑、漢江の流れ。 できたら誰かに声をかけてみよう。 きっとハッピーな気持ちで帰国できる。

 ..
Hotelami いつもなら安い宿を 探す私だが、
 あるとき、アミーガに泊まった。

 それは、どこか南の都市からバスに乗って帰ってきたときのこと。
 その日は金曜日でソウルへ向かう高速道路が渋滞し、通常2時間30分で着くところが、서울(ソウル)の文字を見た時にはすでに3時間をゆうに超えていた。
 

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2006年9月30日 (土)

韓国体験記(10) - モーテルに泊まろう모텔에 묵자

 2年半ほど前、論山ノンサンを訪れたときには、いつもお世話になっていたグリーンホテルはなくなっていた。
 チョッとこぎれいなホテル・レイクヒルもいつの間にか看板を下ろしていた。 こちらはチョッとリゾート風にしていたわりには宿泊料金が安すぎたのだろう。 4万5千ウォン(当時4千5百円)だったから。

 何れにしても泊まるところを、ということで동양산장(東洋山荘)トンヤンサンジャンをアタック。
 いかにも…、という名前の宿だ。
 温泉マークの看板。 駐車場には大きなノレンのような目隠し。 日本でもファションホテルとか怪しい宿のシンボル的な入り口。
 玄関を入ると小窓があり、そこにあいた小さい除き穴からおばちゃんがのぞいて…。

 うっわ~。 こんなところ、大丈夫なの? と思うが、問題ない(ことも無いが…)。
 こちらの人は一般の宿泊で普通にモーテルを利用するのだ。
 ソウルの真ん中では、男だけだと断られることがある。 男女同伴でないと客の回転が悪いという理由からだ。

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2006年8月30日 (水)

韓国体験記(9) - エボレンド珍道中(2) <에버렌드 에서>

 영인 (龍仁) ヨンイン から 에버렌드 エボレンド まではまたバスを利用。 普通の観光客ならタクシーに乗るところだろう。 このあたりが私たちの旅が珍道中となる所以である。

 ヨンインのターミナルでは、韓国語意外まったく通じない。 こんなところへ海外の観光客はあまり来ないのだろう。 普通はツアーのバスで直行するのだ。
Evermon そこから、
エボレンドまでは長かった。 時間は短いはずだが停車する駅が多い。 コースはグルグル回り緑の多い田舎町の景色が続く。 しかしいつ降りるのか、などという心配は取りこし苦労、終点の広い駐車場。 誰にでも分かる終着点。 そりゃそうだ!! Evernaka遊園地に来ているのだから。

 なんとなく察しはついていたが、ここは男性二人で来るところではなかった。
 さぁ、フルパスのパスポートをゲットして! と勢い込みたいところだが、私たちは入場パスだけにした。 それでも手首にパステルカラーの腕輪(パス)をされて、いざ出発。 妙にわびしい気分。

 広い入場門前は、閑散としていた。 大塚ドリンクのポカリのキャンペーンだけがやたらに目立っていた。

Everevent_1 入場ゲートを くぐると、内側の空気は明るく晴れやかだった。
 子供たちの声、若者たちの笑顔、お花で飾りたてられたストリート。 そして、なじめない私たちは… 傍観者。 やっぱり私たちは出張中だった。
 結局、ぐるっと一回りして帰ることにした。
Everretsu とは言っても、半端な広さではなく、歩くだけでも十分に楽しい。 微笑ましく、美しい景色を楽しむことができる。

 ここ、エボレンド(エバーランド)は、韓国では一番大きい部類に入るレジャーランドで、ディズニーランドと勝負するとかしないとか、韓国自慢のスポットだそうだ。
 まず、人気は絶叫マシーンなどの乗り物、そして夏には波が立つ大型レジャープール
「カリビアン・ベイ」、そして広~い花壇、ハーブ園、動物園、なんとかジャングル、野外イベントホール。Everkesho 遊ぶ気ならまるっぽ一日遊んでもおっつかない巨大遊園地だ。 そういう意味では、私たちのチョコッと散歩という選択肢は正解だった。

 そのころは、ちょうど休閑期だったのか、あるいは土曜日という日のせいかそんなに人は多くなかった。
 バラ園はなかなかの見ものだ。 ここそこに化粧や被り物で紛争した人が居て、お客を楽しませてくれるのも印象に残る。 時々開かれるダンスやパフォーマンス。 願わくばここを目的地に飛行機に乗りたいところ。

Everenji  それから幼稚園の遠足に出会ったが、どこの国も同じだなぁというのが感想。 面白いことに、子供たちが白熊が泳ぐプールを上からのぞいて、口々に 「くまぁ、 くまぁ」 と呼んでいるように聞こえた。 「Ⅰさん、くま、くまって言ってますよ」 「ほんまやなぁ、日本語と一緒かぁ」
Everkuma(これは、
곰아 곰아 (コマー コマー)」クマさん、クマさんと言っていたのでしょうか。)

 さて、帰りはエボレンド前からソウル方面にバスが出ていることが分かったので、それを利用しない手は無かった。 今度は帰り道だから簡単!
 とはいっても、正直ソウルの地名を知らない私たち。 そのおかげでソウル市内に到着しているのに気づかず、危うくもう一度ヨンインまで行ってしまうところだった。 知っている景色が二回見えたので、あわてて下車したが、それがどこだったのかは、よく覚えていない。


 多分そのあと、私たちは
동대문 운동장 (東大門運動場)トンデムン ウンドンジャン の屋台で떡볶이 トッポッキをつまみながらビールのグラスを手に今日の反省会をしていた。

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[ちょっと物知り韓国文化]

 영인ヨンイン수원スウォンに近い町で、その周辺には観光スポットとして『エバーランド』のほかに『韓国民族村』があります。
 『韓国民族村』はまた回を改めて紹介できると思います。

 エバーランドは김래원キム・レウォン장나라チャン・ナラ김재원キム・ジェウォン出演の韓国ドラマ내사랑 팥쥐マイラブパッチの舞台となっていました。
 
아름다운 날들 美しき日々にも最後のほうで、室長との婚約旅行でしたか忘れてしまいましたがデートコースに使われていました。 その他のドラマや映画でもよく登場するようです。

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2006年8月26日 (土)

韓国体験記(8) - エボレンド珍道中(1) <가자 에버렌드 에>

 珍しく滞在地はソウル。

 土曜日には予定が入っておらず、このままではもったいない、ということでショッピングセンターの(日本語を話す)売り子さんに一日遊べるのスポットを紹介してもらった。

P5130017  そこはソウル近郊の 영인 (龍仁) ヨンイン にある 에버렌드 エボレンド (真面目にいうならエバー・ランド Ever Land )。 ピーターパンが子供たちを連れて行ったのは、ネバー・ランドだったか。
 何でもソウルの人たちは皆、そこに遊びに行くとのこと。 売り子さんが「私も休みだったら行きたいわ」 と、ご推薦なので行ってみることにした。

 土曜日の朝
 連日夜になるとホテルでの資料作成などで、眠れなかった私は少し眠かったが開放感が勝った。 疲れなど吹っ飛んだ。 さあ出発! その日は一日遊ぶと割り切っていたから。

 場所は 高速バスターミナル。 「龍仁」という二文字を頼りに、Ⅰ氏と私の2人珍道中は始まった。
 Ⅰ氏は営業マンで私を韓国ビジネスに引きずり出してくれた韓国ライフの恩人? また私を一人で韓国に旅立たせ、元来持ち合わせていなかったクソ根性と度胸を植えつけてくれた人。 私たちは時々商談のために韓国に同行した。

 高速バスターミナルはソウルの中で、私たちが最も慣れ親しんだ場所。 ファーストフードで簡単に朝食を済ませていざ出発。

 まずは、チケット売り場へ。
 チケット売り場には十数個の窓口があり、全国へ向けての直行便の通行手形(チケット)を販売している。

 目指す方面を間違えては大変だ! 行き先表示を注意深く探して歩く。
 ヨンインは意外に早く見つかった。 売り場右の一番手前に、
[Yongin] だったと思うが、それらしき表示が見つかった。

 私「ヨンインに行きたいんですけど…」
 窓口「ネ~、ヨンインニョ~。 アホプシ シボブン コン タセヨ?」 私「 … … 」
 Ⅰ氏「Please, write down HANJA (漢字書いてください)」
 
窓口「 … 」
 
私「ヨンイン、한자로 써주세요.」
 
窓口 「영인 요. 한자, 한자. …, 잔깐만요! 어. 잔시만 거다리 십시오. Just moment, please. 」

 売り場窓口は完全にパニックである。 地名はもともと漢字だから、それくらいの漢字なら書いてくれる思っていたが、そうでもなかったのだ。 彼らに漢字を書けというのは無理な注文だ。 大変なことを尋ねてしまった。

 窓口の彼女は地図を探してきた。 が、漢字の地名は載っていない。
 [悪いことしたなぁ…]  と、次は英語を話せる子がやってきた。
 また一人、ちょっと先輩風の女の子が来た。
 結構近い線の漢字らしいものを書いてくれたので、「ありがとう、分かりました、結構です。」 お礼を言ってこの話を収束させようとするかしないかのうちに、なにやら相談しながら全員どこかへ行ってしまった。
 彼女たちは真剣だ。 日本のどこにこんなに真剣に対応してくれる切符売り場があるだろうか。

 数分待つと、ベテラン風の女の子が漢字で「龍仁」の二文字を書いたメモ用紙と地図を持って私たちの前に現れた。 丁寧に日本語で「こちらでございます。」と手渡してくれ、地図で場所を示してくれた。
 「ありがとう。本当に、ありがとう」 こんなことで、こんなに嬉しいのは久しぶりだった。

 …ごめんなさいね。一生懸命調べてくれている姿を、< かわいいナァ > なんて思いながら眺めていたこと白状します。…
 

 さて地名も間違いないことを確認できたし、バスのチケットは手に入った。 所要時間は1時程度とのことだったと思う。
 高速バスは乗ってしまえば後は簡単、降りそびれないように注意していればよい。 本当はなかなか聞き取れない停留所名にドキドキひやひやなのであるが…。

 バスは、どんどんスピードを上げて、高速道路の中央車線、日曜バス専用レーンをビュンビュン飛ばし、あっという間にヨンインに着いた。

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[ちょっと物知り韓国文化]
 ソウルには、大体3つの高速バスターミナルがあります。
 そのひとつが<
고속버스터미날 高速バスターミナル>、それから<남부 터미날 南部ターミナル>と<동부 터미날 東部ターミナル>です。

 『高速バスターミナル』5~6年前にリニューアルしてとっても快適なステーションになりました。
 バスターミナルの上は巨大なビルになっていて、新世界デパートとマリオット・ホテル。 隣に花市場があります。
 そこの地下街の泉の広場みたいなところはドラマ
『美しき日々』の舞台となりました。 연수 ヨンスが室長민철ミンチョルの妹の 민지ミンジを連れて卑屈になった彼女の心を開かせるために、一緒に絵を描いて売ろうとしていたところです。

 『東部ターミナル』のすぐ前にはテクノマートという電化製品のデパートがあります。 ここもソウルに行けば一度は行っておくべきところでしょう。 携帯電話フロアなどは広大な一フロアすべてが携帯やさんで壮観です。

 韓国は、日本ほど鉄道が発達しておらず、道路を整備してバスを中心とした交通網を確立しようと力を入れています。
 したがって主要な都市には必ず高速ターミナルがあります。 その近くには、たいてい市営バスがあり、こちらは通常の町の路線バスがあります。
 ソウルといえばはもちろん韓国の中心であり、そこの高速バスターミナルはいわば韓国のHUBなのです。 本当に便利でどこへでも安く速く移動することができます。 下手をすると鉄道より速く目的地へ移動できます。

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2006年8月12日 (土)

韓国体験記(7) - プヨ見学 <부여관광>

 韓国に出張し始めたころは、しきりに観光して帰ることを勧められた。
 そのころ現実には色々忙しく、時間を節約するために飛行機は日曜日の便にして、平日を有効に利用するようにしていたほどだった。

Puyo1  ところがある日、営業マンと二人朝からの打ち合わせを終えて帰ろうとしているとき、また誘われた。 強引にも案内役として社員さんを一人連れてきてくれて、さあ観光に行けという。 断り続けるのもあんまりなのでご好意に甘えて부여(扶余)プヨ見物に連れて行ってもらう事にした。

 案内してくれたのは、他の企業からちょうど昨日転職してきたという若者だ。 入社の翌日に日本人を観光に連れて行くなんぞ考えもしなかったことだろう。 さすがにSAMXXXから引き抜かれてきただけあって英語は達者で片言の日本語も話してくれた。 彼にとっても忘れがたい経験となったと思う。

    プヨ文化観光ホームページ

 よく覚えていないが、プヨへは会社から車に乗って3~40分で到着した。

 プヨは、백제(百済)ペクチェ最後の首都。
 
Puyo2 プヨの城跡(
부서산성扶蘇山城プソサンソン跡)は小高い丘になっていて、歩くと運動によい散歩コースのようだった。 丘の裏側には백마강百馬江ペグマガンという大きな川が流れている。 百馬江の水は緩やかに弧を描き、低い山に囲まれたプヨの町の真ん中をゆったりと横切っていた。 町は全体に古いたたずまいを残し、私の故郷京都の空気を感じさせた。

 城跡の丘は百馬江に面し、前からは小高い丘陵、後ろ側は絶壁となっている。 丘に登ると町全体を見下ろせるお城にふさわしい位置。 高台には幾つもの舞台というか宴の席があり何時とはなく開かれた当時の優雅な酒宴を空想するほどに、時の隆盛をうかがいしることができた。

 この城の主、의자왕(義慈王)ウィジャ王は好色な人物で実に3000人の女を侍らせていたという。 私たちは、自分がそういう立場だったらどうだとか、意味のない議論をしながら長い坂道を登った。
 歩く両側はほとんど森になっていて時折左手の木々の間から眩しくない太陽の光と、ゆう然と流れる百馬江の姿が目に飛び込んできた。 道の傍には時々当時の家らしきものが再現されていたが、これは他の立派な歴史建造物からは想像もできない質素なもので、竪穴式住居の類。 地面の高さに藁の屋根をかけたもの。

 案内の彼は、土手越しに川が見えるとその土手に上って 「オ~ッ、ペグマガ~~~ン」と叫んで見せた。 私たちも、少し小さい声で叫んでみた。 「ペグマガ~~~ン」 そして一緒に笑った。 その瞬間私たち3人は不思議な気持ちになった。 私たちは同じ遺伝子のかけらを持っているかもしれなかった。 千四百年のときを経てお互いが再会したかのような。
Puyo3なぜ私たちは違う言葉をしゃべっているのか、そんなことが不思議にさえ思えた。

 丘を登りきると空は広く、景色はよかった。 しかし、その向こうにある百馬江への絶壁では悲しい物語が言い伝えられていた。 百済王朝の最後、新羅による陥落のとき、姫が敵の武将に色仕掛けで近寄り、この武将に抱きついて彼を動けなくして自ら武将ともどもこの百馬江に身を躍らせたという話を聞いた。
 そこに残された
낙화암(落花岩)ナックァアム、3千人の女官が花びらのように舞落ちたという名前どおりのいわくの岩だ。

 城跡として大きな建造物はなかったが、残された建物は、宗教的な建物が主で西暦六百年ごろのもの。 ちょうど日本に百済の文化が移入されていたころのもの。 日本の古典的建造物と形も色合いも同じだ。 確かに日本文化と思っていたものと共通するところが多く親近感が沸く。
 もっと互いの国の古い歴史を知りたいと思った。

 ただ、ここも観光地。 スポット的にコースとなっているところにはPuyo4沢山の人の集まりがあり、そこには旅行会社の札をカバンに付けた日本人が目立った。 戦争を経験した世代の年配の人たち(日本人)はどういう思いでこの辺りを旅行しているのだろう。
 この地は、まだ日本と仲のよかった土地だから問題はないか …。
 城を新羅・唐連合軍にとられた百済を守るために天智天皇(中大兄)は5万の援軍を送ったのだった。

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[ちょっと物知り韓国文化]
 プヨというと今テレビでやっている 『
천년지 애 千年の愛』の 공주 お姫様が南プヨ出身ですね。
 ぴんくるFin.K.Lのメンバーである可愛い
성유리ソン・ユリと独特の風貌が売りの소지섭ソ・ジソプが主演しているドラマです。
 全部見ていないので良く知りませんが、百済王朝の時代から何かの間違いで(百済の城が落ちた時のお話です)現代に来てしまったお姫様が、当時の人たちとよく似た男たちの間で事件を起こしていくというコミカルなドラマで、見始めると面白くてテレビから離れられないのが最大の欠点です。
 あ、と言っている間にドラマは終わってしまいました。

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2006年7月30日 (日)

韓国体験記(6) - 珍しい食べ物 한국 식문화 의 하나

 以前にも書いたことがあるが、韓国で知らない食堂に入るにはなかなか勇気が要る。

 全部のお店ではないが、中が見えにくくなっているためだ。 また、日本の食堂みたいにショウウインドウが無い。(大都会は別です)
 字を読まないと何屋さんなのか分からないのだ。 何度か躊躇しながら思い切って入り口の戸を開ける。 ここからは先は野となれ山となれ。

  ~再びイチゴ畑~
Nonsan1  ある日、ホテルから15分ほど歩いたところに小ぎれいな食堂を見つけた。 その日は作業のため出張で来ている会社の仲間と一緒だった。
 ハングルを 読めるのは私だけ。 ナビゲーター役の私は格好をつけて先陣を切り、勢いよくお店の中に入らなければならなかった。

 さて何を注文したらよいのか。
 お店の前には、
”영양탕” と書かれた看板が立っていた。 それがこの店の得意料理に違いないし  タンはスープのこと。

 그럼 영양탕 을 주세요.  「じゃあ、ヨンヤンタン下さい」

 お店の人はなにやら一生懸命説明しようとしている。 なんとなくダックという言葉が聞こえたような気もする。 説明している手が肩幅ほどのものを つかんでみせる仕草。 「ああ、鍋を大きいのにまとめていいかって訊いてるんだ。」 「네, 궨찮습니다. (ネ、ケンチャンスムニダ) はい、いいです」
 まるっぽ出された青い唐辛子をかじりながら待つこと20分あまり。 目の前に並んだ料理はなぜか個人ごとの器だった。

Nonsan2  チョッと癖のある肉のスープ。
 「うーん、何だろなぁ。」
 「色は黒いし鳥でもないし、、」
 「ダックって言ってたからアヒルかなぁ、皮がちょっとゼラチン質。 豚でもないなぁ」   
 「でも結構いけるよ。」

 ということで、次の日に向こうの会社の人に聞いて絶句した。 最初クスクス笑って教えてくれなかった理由は、ダック。 韓国では食べると聞いていたものの、そんなこと頭の片隅にも無かった。 ワンワンと吠えるあの動物だった。

 その辺りでは、一応特産品だということを後から聞いた。
 確かに市場に行って注意深く探してみたら、その肉を売っている店が何軒かあった。 赤犬? 足の形はそのままだった。 スパッときられたどこかの断面なんて見たくないと思った。

 図らずして특이한 식문화 特異な食文化をこの身で体験してしまったわけだ。
 その噂はたちまち客先の各部署に広がり行く先々で「食べたんですか? どうでした?」と質問された。 
괜찮아요. 맛있어요.「大丈夫、美味しいです(そのときは、まだ韓国語で過去形が使えなかった私)」
 何でも経験してみたい私はそれなりに満足していたが、ペット愛好家の仲間はかなりショックを受けていたようだ。

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[ちょっと物知り韓国文化]
 韓国には
<삼복>サンポク(三伏)といって3回の복날ポンナル(伏日)があります。
 夏至から立秋に、初伏・中伏・末伏と日本の土曜の丑にあたる日があります。
 我が家も先週の日曜日に鰻丼を食べましたし、昨日会社であった研修会で出た昼食もうな丼でしたが、韓国では
복날ポンナルに問題の영양탕ヨンヤンタンか、삼계탕サムゲタン を食べるのだそうです。 時には鰻も食べるとの事です。

 영양탕ヨンヤンタンは、犬肉のスープですが、直接的な名前ではなく婉曲な名前で呼ばれています。 ヨンヤンタンは漢字で書くと栄養湯だし、ポピュラーな呼び方 보신탕ボシンタンは補身湯、別名멍멍탕モンモンタンはワンワン湯、これは直接的でチョッと茶化した呼び方。

 삼계탕サムゲタンは日本でも良く知られた料理ですが、若鶏の胴体部分を使い、内臓を取り出して、その代わりにご飯と朝鮮人参、ナツメその他の薬草などを詰め込みます。 これをスープの中で煮込んだ料理です。 一人で一羽分を食べます。 暑いときにフウフウいいながら大汗をかいて食べるのです。 美味しいのですが人参や薬草類が口に入ると、ゲッと苦かったりします。 私は何回も食べたいとは思いません ^^;

 夏の体力減退への対策として栄養食をとり、暑い夏に備える。 これは四季がある国の生活の知恵。 日本の慣わしと同じですね。

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2006年7月26日 (水)

韓国体験記(5) - 現地での食事<한국의 식사>

 논산ノンサンに出張中の食事は会社関係の人が食べに連れて行ってくることが多かった。 が、一人のときはその辺の食堂に勇気を出して突入するしかなかった。
 メニューなんて壁に貼ってあるだけで読めるはずもなく、ハングルが読めても(発音できても)何のことやら分からない。

 韓国に行きかけて何ヶ月かの間は、覚えたての韓国語で「しくさ・しくさ」と手でお椀の形を作るしかなかった。 たいていの食堂ではおばちゃんが色々工夫して料理を出してくれた。 しかも辛くないように気を使って。 それが難しいようだった。

 最初に覚えた韓国語といえば、안녕하십니까 アンニョンハシムニカ と 감사합니다 カムサハムニダ。 これは、まあお決まりの挨拶。
 
식사 (シクサ)食事、맥주 (メッチュ)ビール、화장실 (ファジャンシル)お手洗い。 これはもう生きていくために必要な言葉だった。 맥주 ビールはそうでもないかな(笑)。

 そのうち、美味しいとか、ご馳走様とか、辛くても美味しかったとか、大丈夫ですとか生活の言葉を覚えていった。

 平日のお昼ごはんは会社の食堂でお世話になった。

 会社の食堂では、ステンレス製のトレーでお子様ランチのように、左のくぼみ部分にご飯、右におかず、奥にはキムチ類と韓国料理には欠かせないスープの器を置く。 列に並んで順番にトレーに乗せていくやり方。 さすがに本場、辛いものが多い。
 質素な感じがするが、なかなか美味しくて、ご馳走になるのは嬉しかった。 辛いものといえば、口に入れるだけでむせてしまいそうなモヤシのスープ。 口中が火事になる鶏の辛煮(正確な名前は知らない)。 独特の風味、胡麻の葉。 それでも汗をかきながら皆でいただく社員食堂の昼食は街のお店では味わえないおふくろの味がした。
 食堂のおばちゃんは、私の顔を見ると韓国海苔を出してくれた。

 会社で働いている人たちは、寮から通っている事が多く、朝昼晩とも会社の食堂で食べているようだった。 私も仕事が遅くなるときはそこで夕食もご馳走になり、朝から進められて無理やり食べさせてもらうこともあった。

 自分で外に食べに行くのは、誰かにお世話にならなかった夕食と休日のことだった。

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[ちょっと物知り韓国語講座]
   
식사(食事) シクサ[しょくじ]
   
맥주(麦酒) メッチュ[ビール(ばくしゅ)]
   
화장실(化粧室) ファジャンシル[けしょうしつ]
これらは漢字語で、日本でも同じ並びのもの。 韓国ではほとんどの漢字語を音読みします。 日本読みの音読みと似ているので覚えやすいです。

 식사(食事) シクサは、ご飯のことです。 一般に食事のことを指しますが、狭い意味ではお米のご飯を指します。 焼肉の時などは、焼酎を飲みながら肉類を食べ、シクサを頼むとご飯と味噌汁が出てきます。 もちろん味噌汁も注文の品ですが。
 
맥주(ビール) メッチュは、値段がちょっと高くたいていの人は 소주 (焼酎)ソジュ を飲みます。 ドラマのなかで、うさ晴らしに屋台へ行って飲んでますよね。 日本人(私)にはビールは欠かせませんが、スープ物の多い向こうの料理には確かに 소주 ソジュ があっているかも知れません。 ビールは HOFF と書いたお店で飲むことが出来ます。 私は恐くて入ったことが有りません。
 
화장실(化粧室)ファジャンシル변소 (便所) ピョンソ のことですが、韓国ではやはり 화장실 ファジャンシルということのほうが多いです。

 日本語と似ている言葉といえば、도착 トチャク(到着) 무료 ムリョ(無料) 고속도로 コソクトロ (高速道路)などたくさん有ります。
 
계산 ケサン(計算・お愛想)もその一つで、お食事が終わったら大きな声で 「계산 해 주세요 ~.」「ケサネ ジュセヨ~.(計算してください)」と叫ぶと 「예~」「イエ~っ(はい)」といって計算してくれます。

 ついでですが、「ご馳走様でした」 は 「잘 먹었습니다.チャル モゴッスムニダ」 です。 でも韓国では通常この言葉をいう習慣は有りません。 おごってもらった時にこれをいいます。 だから先にこの言葉を言うと、支払いはあなたねぇ、と言っているようなことになってしまいますから、気をつけましょう。
 言うのであれば、「おいしくいただきました」「
맛있게 먹었습니다.マシッケ モゴッスムニダ」  「おいしかったです」「맛있었습니다. マシッソッスムニダ」 がまだましで、喜んでもらえそうです。

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2006年7月24日 (月)

韓国体験記(4) - 珍しかった日本人<낯익 지않았던 일본인>

 そんなことは無いかも知れないが、논산ノンサンの연무ヨンム辺りでは私は最初の日本人だったのではないかと思う。

 もともと人気(ひとけ)の少ないところだったが、町の人たちはすぐに私を覚えてくれた。 向こうの会社の人たち、タクシーの運転手、ホテルの近所にある食堂のおばちゃん、パン屋さんに雑貨屋さん。

Taxi_1  名刺をもらったタクシーは3台ほど。 たいていは誰かがタクシーを手配してくれたけど、困ったときには自分で名刺の電話番号にダイヤルした。 言葉が話せなくても、「ホテル ナウ」 と言えば私だと分かってグリーンホテルに迎えに来てくれ、朝なのに「こんばんは」とか挨拶してくれた。 別れるときも手を振って「こんばんわぁ」と見送ってくれた。 日本語での挨拶、それは私に対する最大の敬意であり愛情表現だったに違いない。

 仕事が終わってホテルに帰るときには、タクシーの運転手に「ショピン・ショピン」と告げると適当なコンビニ(とは言っても小さな雑貨屋さんだったり、何とかマートだったり色々)に連れて行ってくれた。 もちろん買い物が終わるまで店の前で待っているか、店の人と賑やかに話しをしながら待っていてくれた。
 そしてホテルに付くと明日は何時にきたらよいのかと自分の腕時計を指差してたずねてくれた(たぶん)。

Taxi1  ホテルのおじさんがタクシーを呼ぶときも「日本人」と言っているようで、それで用件は達せられるようだった。 町では日本人と言えば私のことなのである。

 ホテルの近くにもバス停の前に小さなスーパーがあり、そこでジュースや缶ビールとおやつを買った。 スーパーといっても日本では最近見かけなくなった駄菓子屋さんか雑貨屋さんの類で、家の入り口の部屋を土間にして棚を並べたという程度のものだ。 それでも商品は所狭しと並んでいた。

 そこでは威勢のいい兄ちゃんか、その母親らしい肝っ玉母ちゃんが迎えてくれる。 お店は母ちゃんが実権を握っていて、父ちゃんは商品の御代の計算も難しいようだった。 兄ちゃんは外人だと分かると抑揚の効いたイングリッシュで話しかけてきた。

 奥の部屋には額に入った一枚の写真が誇らしげに掲げられていた。 写真には太鼓をたたいて踊る若者の姿が大きく写っていた。
 あぁ、母ちゃんの自慢なんだぁ。 指差して「息子さんですね。いいですねぇ。」と日本語で言うと。 「そうなんだよ、うちの息子はね、… やっていてね、… 大会で入賞したんだよ。 … で …、いい子なんだよぉぉぉ」 と嬉しそうに話してくれた(きっとそう言っていたのだと思う)。

 その家はスーパーとは別に立派な食堂を持っていたが、その店が営業している状態はついに見ることはなかった。 연무대 ヨンムデの入所式の日には町の人口が10倍ぐらいになったのでその日だけ営業していたのかもしれない。

 誰もが皆人懐っこく、よく話をしてくれたが、私がほとんど理解できなくて、申し訳ない気持ちで一杯になった。
 そんなことが、私の韓国語学習の大きなエネルギーになったことは言うまでもない。

 少し韓国語でやり取りできるようになってからは、楽しかった。 誰に会うのも楽しくて、きっと私はニコニコしていたと思う。
 彼らは口をそろえて、いつ来たのか、いつまで居るのかと聞いてきた。
 私の答えはたいてい同じだった。
「오늘 요」「今日です」「화요일 까지 요」「火曜日までです」または「잘  멀겠어요. 일주일 정도요.」 「よく分かりません。一週間ほどです」 私の言葉は単語の後ろに「요」「よ」をつけるだけ。

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[タクシーの領収書]
 出張で出かけているとき、タクシーに乗るには領収書が必要なのですが、韓国のタクシーは領収書なんて持っていません。 そんなことないよと仰るかもしれませんが、領収書を持っているのはソウルやプサンなどの大都会のタクシーだけです。
 私も、そんなこと知らなかったので、旅行ガイドブックで覚えた韓国語で
「영수증을 주세요」「領収書ください」といっていました。 そうしたら「お客さん、そんなの持ってるのソウルのタクシーだけですよ」と笑われました。

[韓国のスーパー]
 韓国ではコンビにを
변이점(ピョニチョン)便宜店といいます。 スーパーというとさらに大規模な店舗を連想するのですが、個人でやっているように小さな店舗の入り口のガラス窓にはたいてい 슈퍼 (シューポー)すーぱーと赤い文字で書かれています(赤とは限りませんが)。 大規模店舗は普通 마트 (マートゥ)マートです。 少し感覚が違いますね。
 どこかの街で4畳半ほどのお店の入り口に、ご丁寧にモダンにも
슈퍼 마켓트 スーパーマーケットと掲げられているのを みて可笑しくなって笑ってしまったことがあります。(笑うシチュエーションではありません ^^;)

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2006年7月21日 (金)

韓国体験記(3) - 常宿グリーンホテル<그린호텔>

 韓国に行きかけてから暫くの間、논산시ノンサン市にある顧客の工場へよく出張した。

4,500円のスイートルーム
Green2  宿泊は工場から車で15分程度のところにある、연무 그린호텔ヨンム・グリーンホテル。
 ホテルは、オジサンと時々息子らしい人、それから大学生の娘が交代でフロントをやっていた。 周りは見渡す限りのビニールハウス。
 ノンサンは
논산 딸기 イチゴで有名な地区で、5月頃には딸기 축제 イチゴ祭りがあり 미스 딸기 ミス・イチゴ が選ばれるらしい。 どんなに愛らしいミスなのか一度お目にかかりたいものだ。

 연무ヨンムというところは、논산ノンサンの市街地からは少し離れていて、まとまった買い物をするならバスに乗って2~30分走って市場に出かける。 そこには、연무대 ヨンムデという軍隊があり、韓国のいくつかの部隊の中ではよく知られていて、韓国の人ならヨンムデといえば分かるようだ。
グリーンホテルの玄関、向こう
はイチゴのビニールハウス群

Green1 休みの日になると、バスに乗ってソウル方面に出かける迷彩服の兵隊さんが目立った。 彼女か家族に会いに行くのだろう。
 ソウルには東のはずれに
화랑대ファランデというところに部隊がある。?

 というわけで私の常宿はヨンム・グリーンホテル。
 毎朝タクシーを呼んでもらってお客の工場に向かう。
 韓国語はまったく分からないので、先方の会社の方がホテルのおじさんに朝8時半にタクシーを呼ぶように頼んでくれたのだ。

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[연무 그린호텔ヨンム・グリーンホテル]
 この私にとって懐かしいホテルは、今はもうありません。
 古くなってボイラーの調子が悪く、修理しようと思ったら業者さんが、全館やり直す必要があると言ったので諦めたそうです。
 2年ほど前に泊まろうと思って行ったら営業していなかったときは、本当にショックでした。
충격을 받다. とはこのことです。 でも近くの食堂(奥さんが経営しているらしい)でホテルのおじさんを見つけたときはスッゴク嬉しかったです。 そしてこのボイラの話をおじさんの口からじかに韓国語で聞くことができたのも私には素晴らしい喜びでした。

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2006年7月19日 (水)

韓国体験記(2) - 私が辛口になった日<맛있는 김치>

 韓国のキムチは美味かった。

 公式 「韓国 = キムチ」 それは本当だ!

 私はもともとキムチというものをあまり食べなかったが、압구정アックジョン(狎鴎亭)の現代デパートの地下で食べたキムチの試食が私の口を変えた。

 ウマイ!

 何だこれは!
 日本で売られているキムチとは味が違う。

Hyundai  シーンとした涼しげな辛さの向こうに味が見えてくる。甘い味、香ばしい香り、そして心地よく舌全体を刺激する唐辛子の味。 う~ん、今表現するのは難しい。 言葉にすると壊れてしまうかもしれない味わい。キムチを口に入れて「ウマイ」と思ったのは初めての体験。

 それからと言うもの、韓国での食事のときにキムチの味見をするのがひとつの楽しみになってしまったのだ。
 韓国のキムチはところ変われば味代わり、お店が変わればまたそれぞれの味がする。
 もちろん種類が多いのも特徴で、色々なものが楽しめる。

 いつの間にかキムチだけでなく、辛いもの大好きになってしまった。 最近はと言うと日本で食べるうどんに入れる七味唐辛子の量も半端ではなくなった。 鍋物、汁物、お好み焼きには七味が欠かせない。
 会社の食堂で味噌汁に七味をタップリ入れて食べているのを保険屋のおばちゃんに目撃されて、七味のないところで食事しても不自由がないようにと、マイ七味をプレゼントされてしまったほどだ。

 ただし、美味いキムチだからといって安易に日本に持ち帰ろうななどという気を起こすことなかれ。
 まず匂いが凄い! 現地だからこそしっかり楽しめるのだ!
 そして日本で販売されているもののように発酵を抑えた作り方になっていないため、食べる時期が難しい。キムチは生き物だ。 保存の仕方と食べる時期によって味が変わるため素人には難しい。
 たとえば、韓国から帰るときにスーパーで袋入りのものを買って帰ると次の日には袋が膨らんで破裂せんばかり。 そう、風船状態になる。 ところが実は少し時間をおいて発酵が進んだほうが本当の味になると言うのだ。

 この辺りをよく理解した人は美味しく楽しめる。
 私は残念ながらそこまでして食すほどの情熱は持ちあわせていない。
 それに餃子を食べたあくる日と同じ目にあうことは覚悟しなければならない。

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[압구정(狎鴎亭)アプクジョン]
 ソウルの地名です。 海外ブランドのブティックが並び、もっともお洒落な街とされています。 地下鉄3号線にのりソウルの中心地から南へ向い韓江を渡ったすぐの駅です。 現代デパートは地下鉄の駅からすぐのところにあります。 また、アプクジョンの
포장마차ポジャンマチャ(布帳馬車と書き屋台のこと)には韓流スターを含む有名タレントたちも出入りすると言うことでそれを目当てに集まるファンも多いとか。 アプクジョンのポジャンマッチャは私も一度行って見たいと思っている所のひとつです。
 現代デパートはこちら
 http://www.k-plaza.com/seoul/depart_03.html 
 私は初の現代デパートで、唐辛子の粉と岩塩、お決まりの韓国海苔を買いました。

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2006年7月15日 (土)

韓国体験記(1) - 最初の感想<첫인상>

 韓国を訪問して最初の印象は「思ったより普通」だった。(何言ってんだか)

 ただ衝撃的だったのは、すべてがハングルで表記されていて文字が読めないことだった。 文字が読めないのは当たり前のはずだが、外国へ行っても英語が分かれば何とかなるという無意識の妄信は、もろくも崩れ去った。 街の中で英語の表示を見つけると嬉しくて … 。

Machi  それ以外は日本の街とよく似ていた。

 ソウルはビルだらけで東京や大阪と変わらない。
 いたる所にある壮観な高層住宅群は圧巻であったが、田舎へ行けば山ばっかりで、広い土地には水田が広がっている。我々と同じ米を主食とする人種なんだ。

Shinchan  高速道路は右側通行なのを除くと、標識の色も表示の仕方も日本と変わらない。サービスエリアも休憩所も売店もなんら変わらない。日本のもの(技術)を持って行ったのではないかと思った。
 ついでに売店では『クレヨンしんちゃん』や女性週刊誌、見覚えのある本が沢山並んでいる。お菓子も大体同じもの。そしてロッテリア。

 街と田舎の景色の極端な差は日本以上。ソウルを離れると突然ドイナカになる。
 家屋のグレードも都市部と山間部、田園部ではずいぶん違う気がした。

Apart  まずは目で見るだけの韓国、その印象を色で例えるとグレー。
 町全体にグレーが掛かっていて彩度、明度ともに低い色彩だ。 看板や広告、横断幕の色彩は確実に色使いが派手なのに、なぜかくすんでいた。
 道端にゴミが落ちているわけではないのに、何か整理されておらず、またすべてのものが埃っぽく感じた。 街かどで見かける車も日本のようにピカピカに磨いたものがほとんど見当たらない。
 今から思うと時期が黄砂の季節だったのかも知れない。
 日本を訪れた韓国人が口をそろえて「日本の印象=綺麗」と言っているところをみると私の感覚はそう間違っているわけでもない様だ。

 これが私の最初の韓国滞在2日間の漠然とした印象だった。

 もちろん、これが私にとってのドラマチックな韓国劇の幕開けになろうとは、夢にも思わなかった。 図らずして、この出張を起点に私の韓国フリークは始まったのだ。

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2006年7月14日 (金)

韓国体験記(0) - 初めて<처음>

 私の初めての海外出張は韓国での技術打ち合わせだった。

 海外へ出るといえば新婚旅行で参加したパックツアー以来のこと、最後に飛行機に乗ってからすでに10年を超えるブランクがあった。
 しかも単身での訪韓…。

プリマホテルの窓から
P3190006  スケジュールはソウルで前泊、翌朝先方の会社の方とホテルで落ち合い、現地へ同行して納品のための事前打ち合わせを行うというものだった。そしてその日のうちにソウルに戻り翌朝帰国というもの。

 久しぶりの国際線搭乗、初めての関西空港、初っ端から航空会社変更のエンドース手続きでくたくたに疲れた私は機内でなを緊張しながら居眠り状態でソウル(当時김포공항キンポ空港)に降り立った。飛行場からソウルまでは韓国に出張中の年配営業マンが案内してくれたので私は観光気分。

P3190007  翌朝、待ち合わせの時間よりかなり早くホテルの部屋の電話が鳴った。英語でなにやら言っている。今日会う約束の人だ! さて準備をして、とまだまどろみつつも異国の地での決戦に備える私は、こうして不意を突かれる形で韓国での仕事第一日目を迎えた。

 ソウルのホテルからは車に同乗して約3時間。
 私たちが納入する設備が導入されたのは地方都市、
충청남도忠清南道(チュンチョンナム道)논산시論山市(ノンサン市)のはずれ。工場は호남고속도로湖南高速道路の論山インターを出てすぐのところにある工業団地にあった。

 もちろん私はハングルなど読めず、話せず。それどころか社会音痴の極みで一般の人以上に韓国についての知識は希薄だった。知ってることといえば日本人とよく似た顔立ち、辛いものを食べる国、読めるはずもない独特の文字、ソウルオリンピックくらいのものだった。

 打ち合わせに関しては、相手先に日本語を話せる方がおられたので特に問題はなかったが、移動中の車の中では片言英語でのコミュニケーション。ジャパニーズ・イングリッシュも凄いがコリアン・イングリッシュもなかなか凄く聞き取れない。しかも長らく使ったこともない英語には苦労した。
 たとえば、「車が多いですねぇ」って言いたい、「多い」って何て言うんだったか考えれば考えるほど出てこない。今考えるとバカみたいだがこれが私の実の姿だった。

 このときの2~3時間のドライブは初渡韓の私にとって日本列島縦断ドライブにも匹敵した。

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 というわけで、時々私の韓国体験記を書き綴ってみたいと思います。
 本当に第二章があるのかどうかすら不安ですが、とりあえず5回ぐらいは頑張ってみます。
 本物の韓国通の人からすればちっぽけな私の韓国体験ですが、世の中にはこんな経験をした奴がいるという程度のことで宜しくお願いします。もちろん大した内容はありませんよ。あまり期待しないでね。

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