2007年5月24日 (木)

韓国から帰ってきた

先週、ゴールデンウイークの韓国旅行から帰ってきて一週間会社に行ったかと思えば、また一週間ほど、韓国に出張していました。

仕事場所はスウォン近くのファソン市です。 Seohyon_asa1

仕事をしている会社の近くにもホテルはありましたが、周りに何も無いので、車で30分ほど離れたところに宿所を構えました。
と言っても自分で探したのではなく、中間業者の方が探してくれました。

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2007年5月 5日 (土)

復活なるか!?

今日、cocolog 友達の所に、コメントの書き込みをしてみたら、嬉しいことに拒否されずに書き込めるようになっていた。

いよいよ元気も出てくるというもの。

さて、私は復活できるでしょうか。

 
韓国旅行のことをチラッと mixi で書いたの転載しときます。

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2007年3月15日 (木)

韓国のニュースから(3月に牡丹雪)

[기상뉴스] [뉴스타임 포커스] 3월에 함박눈 왜?
[気象ニュース] [ニュースターフォーカス] 3月に牡丹雪なぜ?

KBSのニュースへ

어제 하루 날씨 탓에 당혹스러우셨죠?
昨日は一日の天気のせいで戸惑いそうでしたね?

봄 날씨는 원래 변덕스럽다는 말들 하는데 그 이름값 톡톡히 한다는 생각이 듭니다.
春の天気は元々気まぐれだといいますが、その呼び名に十分値するという気がします。

한파도 부족해 춘 삼월에 함박눈까지 펑펑 내리는 요즘 날씨, 왜 이런지 이경진 기자와 알아봅니다.
寒波も不足と騒がれるこの三月に牧丹雪までこんこんと降る近頃の天気、どうしてこうなのかイ・ギョンジン記者と調べます。

경칩까지 지났는데, 도대체 왜 이런건가요?
啓蟄(けいちつ)まで経ちましたが、一体どうしてこうなんですか?

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2007年3月 4日 (日)

訪韓スケジュール

韓国旅行に行きます。

ゴールデン・ウイークにプライベートで韓国を訪問しようと思います。
仕事ではありませんよ。

飛行機だけ予約したのです。

さ~て、どこへ行こうかな~。 ♪(^0^)σ
 

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2007年1月11日 (木)

韓国体験記(22) - 韓国の温泉へ(後編)

 ゆったりとした幸福なお食事の時間を過ごした私たちは、伝統料理店を後に一路名湯수안보(水安堡)スーアンポへ向かった。
 

Suanbo_spa수안보 온천 관광특구
수안보 온천 관광특구는 1000년의 역사를 자랑한는 유서깊은 한국 대표적인 온천 휴양지로 수온 53℃의 약알카리성의 라듐성분을 비롯한 각종 무기질이 함유된 온천수로 피부병, 부인병, 위장병 등 각종 질병에 탁월한 효능이 있으며, 각종 숙박시설과 레져시설을 두루 갖추고 있는 중부내륙 관광의 거점이다. 이밖에 탄산온천을 자랑하는 앙성온천과 유황온천으로 문강온천이 있으며 바로 옆에 블루밸리 스키장이 있다.

水安堡温泉観光特区
水安堡温泉観光特区は 1000年の歴史を誇る由緒のある韓国代表的な温泉休養地で水温 53℃の弱アルカリ性のラジウム成分を含む各種無機質が含有された温泉水で皮腐病, 婦人病, 胃膓病など各種疾病に卓越した效能があり,  各種宿泊施設とレジャー施設をあまねく取り揃えている中部内陸の観光の拠点だ. この以外に炭酸温泉を誇るアンソン温泉と硫黄温泉でムンガン温泉がありすぐ側にブルーバレースキー場がある.

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2007年1月 8日 (月)

韓国体験記(21) - 韓国の温泉へ(前編)

 今回は、温泉を目指します。 (^O^)

 韓国にも温泉があることは聞いていたが、韓国の人たちはどんなお風呂にどのようにして入っているのか、テレビ番組ではシャワーしか見たことないし。 ホテルでもシャワーだし。

 では温泉では…?
 私の妄想は拡大するばかり。

 ラッキー、願えば叶うもの。
 

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2006年12月30日 (土)

韓国体験記(20) - いざムジュリゾートへ(現地編)무주 리조트

 
 あっという間に朝はやってきた。
 今日、무주(茂朱)ムジュリゾートへスキーに出かける。
 
Muju_san  天候、晴れ。
 この日は、私たちのために準備された日だ。

 연무대(練武台)ヨンムデの高速バスターミナルからは7時半ごろからバスが出ていたが、そこまでの市営バスが無かった。 だから、7時にタクシーを呼んだ。

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2006年12月27日 (水)

韓国体験記(19) - いざムジュリゾートへ(準備編)무주 리조트

 ちょうど今時分のクリスマスを迎えようかという時期だった。

 仕事はながびき滞在期間は2週間を超える見通し。
 年の瀬も近づき、なんとしても正月休みまでには仕事を終えて日本に帰りたかった。 「長引けば … 、」嫌な予感。 韓国では、通常お正月を旧暦でやるので、暮れ正月だからといって日本へ一旦帰国する理由は無かった。

Muju_  そんな状況とは裏腹に、まもなく訪れるクリスマス休暇。
 休んでなんかいられないが、先方の事情を無視するわけにはいかない。

 OK 分かりました。
 すでにホテルでこなせる仕事もないし、割り切って遊びましょう。
 私は、連れてきていたソフトウェア技術者を誘ってスキー場に出かける企画を思いついた。
 

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2006年12月15日 (金)

韓国体験記(18) - 새마을호로 セマウル号で

セマウル号で영등포永登浦ヨンドゥンポへ

 親切なお姉さんにデレ~ッとなってしまったお話です。

 仕事が終わってソウルへ帰るのに、セマウル号を使ったことがある。
 セマウル号は指定席になっていて向こうの会社の方に予約してもらった。

 最近のKTXが走ってからの一般的な帰り道とは少し異なるが、当時はヨンドゥンポで地下鉄に乗り換えてソウル市内を移動するのがひとつのコースだった。

 セマウル号に乗車したのは、(いつもの)論山駅。
 電車に乗るとき、2本のプラットホームへは直接線路の上を歩いて渡っていくようになっている。 そこから両側に真っ直ぐに伸びた線路は、農業が中心の平らな土地が、思っているより広いことを自慢するかのように両側に広がっている。
 

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2006年12月 9日 (土)

韓国体験記(17) - 人参の里금산錦山へ(後編)

 ホテルのオジサンと人参の里금산(錦山)クムサンに行ったお話しの後半です。
 ・・・・ 
P4050010_2  

 峠の休憩所には食堂やみやげ物屋があり、私たちはそこでひと時の休憩を取った。
 缶ジュースを一本飲むと今度は山の向こう側へ下ってゆく。

 

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2006年12月 7日 (木)

韓国体験記(16) - 人参の里금산錦山へ(前編)

ホテルのオジサンと人参の里금산(錦山)クムサンに行ったお話しです。
・・・・ 

P4050011  ホテルのフロントでおじさんが「今日の仕事は何時までだ、明日は仕事か?」 としきりにたずねてきた。
 外国人相手に好奇心一杯の質問攻撃が始まったのかと思ったが、考えてみれば、そういう事をするおじさんではなかった。
 なかなか条件が合わなかったが、ある日休息がとれる日がやってきた。
 明日、俺の車に乗れという誘いにOKサインを出した。

 いよいよその日。 天候は晴れ、湿気も無い気持ちのよい朝だった。
 さぁ、これから何が起こるのだろう。

 中肉中背のおじさんの顔は全面黒く焼けている。そして長年の農作業を連想させる深いしわに覆われていて、年齢は推定しにくかった。白髪交じりの頭髪と大学卒業前の娘に、兄がいることから50台後半といったところか。
 話す言葉には南方の訛りがあって、アクセントが強く私の韓国語ヒアリング力ではほとんど理解出来なかった。

 ホテルのほうは、おじさんの息子に任せて私たちは車に乗り込んだ。

 

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2006年11月26日 (日)

チョコッと韓国出張報告

月曜日から一泊二日で韓国に出張してきました。

 訪問地は、수원(水原)スウォンと대전(大田)テジョンです。

 宿泊はソウルで、テジョンにはKTXを利用しました。
 KTXの所要時間は55分、価格は21,500ウォン(約2500円)、まずまずですか。

 内容は、お仕事の打ち合わせですが、とにかくまぁ体調が悪くてさっぱりわや状態です。 会社で胃腸炎がはやっているせいか、これまた流行の風邪なのかわかりませんが、日曜日あたりから調子が悪くなって出発の月曜日には腹痛がひどく、このまま渡航してよいものか心配なほどでした。
 下手すると強制送還ということもありうると覚悟していましたが、韓国の入国審査でも運良くサーモグラフィーにはつかまらず、入国できてよかったです。
 せっかくのビジネスクラスのお食事も断ってシートを倒してしっかり寝て行ったのがよかったのかもしれません。

 帰りの機内では、何とか元気になって、解禁から間もないボショレヌーボの振る舞いにもありつけたし、まあ良かったとしましょう。

   ホテルは、もうクリスマス気分でした
Hotel

  

  

 

 

 

   

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2006年10月21日 (土)

韓国体験記(15) - 結婚式4결혼식

 どうも私が出席したのは結局、結婚式だったのだ。

 結婚式にはもちろんスピーチや、余興のようなものはない。

 逆に日本のように、近しい親戚だけで神様の前に集まって厳かに執り行う結婚式とは異なり、大勢の人の前で二人の愛の契りの儀式を見届けていただくのだ。
 日本人の場合でも、教会での挙式はそういうものなのか。

 私は経験が無いのだが。

 式が終わると、受付で貰ったお食事券をもって食堂へ向かう。
 エレベータに乗って5階へ。

Kyolon_4写真はイメージ写真です。
Life in Korea さんから拝借しています。

  
 

 .

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2006年10月14日 (土)

韓国体験記(14) - 結婚式3결혼식

 いよいよS嬢のお友達の結婚式がはじまった。

 私の知っている(日本の)結婚式は、多くは神前にて、ごく親しい親族が集まって厳かに結婚の誓いをし、お互いの家族親戚が今後ともに仲良く暮らしていくことを確認する。 そしてその後、披露宴という豪華な祝賀パーティーに親戚やお世話になった方、親しい友人などが招かれて、食事が振舞われ、参列者はお祝いのスピーチや余興でもって新郎新婦の門出を祝う。 それはひたすら趣向を凝らして豪華でたいそうなもの。

 
Kyolon_1  どんな風に新郎新婦が登場したか、よく覚えていないが、静まった式場の前方中央には、
종매인(仲媒人)チュンメイン、 日本で言うところの媒酌人。そしてその종매인仲媒人に向かって新郎新婦。
 

 静かに見守る大勢の前で、緊張とよろこびが渦巻く。

 この時ばかりは日常の諸々も忘れて祝福してくれる全ての人に身をゆだねる。 二人で誓い合ってきた愛も永遠のものに。。。 祝福されることの喜びを肌で感じる。

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2006年10月13日 (金)

韓国体験記(13) - 結婚式2결혼식

 忠州チュンジュから、ソウルへ。 目的地は結婚式場。

 ソウルに到着すると彼女はどこかのお店に入って 축의금 의 봉투 祝儀金の封筒を買った。
 私はお祝いの印にへたくそな字で『祝、結婚』の文字を書かせてもらった。 緊張のあまり『結婚』という漢字を韓国人のS嬢に確認する羽目に。。(何じゃそら)

 会場へ到着。
 式場入り口前の受付は新郎新婦の知人たちが頼まれて手伝っている様子で、ロビーの様子など日本のそれと大体変わりなかった。

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2006年10月11日 (水)

韓国体験記(12) - 結婚式1결혼식

 通訳のために同行してくれたS嬢と二人で충정도(忠情道)チュンチョンド충주(忠州)チュンジュへ泊りがけで出張していたときのこと。

Sona_weding2  帰りのバスを待っているときに、私が一度韓国の結婚式を見てみたいんだという話をしていたら、急にS嬢が「じゃあ、これから行ってみますか」と言いだした。
 「 … 」(・ o  ・)メガテンニナッタ

 今日、友人の結婚式が有るというのだ。
 なんとなく諦めていたのだけれど、かつさんが行くのならちょうど良いと言う。

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2006年10月 7日 (土)

韓国は추석(秋夕)チュソク

 昨日は、韓国の추석(秋夕)チュソクだったのですね。

 チュソクは、日本でいえばお盆ですが、旧暦で行われるので日本とは日がずれています。 陽暦でやるのは東アジアでは日本だけですね。
 今年は特に、閏月で7月が二回あったりして、時期が遅いです。
 また、今年は祭日と巧く重なって、先週の土曜日からこの日曜日までの連続9連休となった会社も多かったようです。

 だから、私のところも韓国との仕事はお休み(^^v ラッキー でした。

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2006年10月 4日 (水)

韓国体験記(11) - 一流ホテルも値切れる

 ソウルの、一流ホテルでのお得な一時宿泊のお話し。

 地方の都市へ出張して、帰国するときはたいていソウルで一泊して、あくる日に帰ることになる。

 余談になるが、
 帰国する日は欲張らず移動日と考えよう。 せっかくの時間を欲張らず、ちょっとした出来事をラッキーと受け止めてその日を満喫し、ハッピーに家に帰ろう。

 一日を有効に使うなら朝一番の飛行機で帰国し、日本での時間を多く取る。 韓国でショッピングでもするなら夕方の飛行機がよい。 その代わり帰ったらヘトヘトになる。
 お昼ごろの飛行機は中途半端。 午前中の繁華街は静かで面白くないし、デパートは10時半ごろまで開店しないから寂しい気持ちで空港へ向かわなければならない。 そんなときは考えを変えて彼らの日常に触れさせていただくべし。 路地裏、静かな商店街、公園の緑、漢江の流れ。 できたら誰かに声をかけてみよう。 きっとハッピーな気持ちで帰国できる。

 ..
Hotelami いつもなら安い宿を 探す私だが、
 あるとき、アミーガに泊まった。

 それは、どこか南の都市からバスに乗って帰ってきたときのこと。
 その日は金曜日でソウルへ向かう高速道路が渋滞し、通常2時間30分で着くところが、서울(ソウル)の文字を見た時にはすでに3時間をゆうに超えていた。
 

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2006年9月30日 (土)

韓国体験記(10) - モーテルに泊まろう모텔에 묵자

 2年半ほど前、論山ノンサンを訪れたときには、いつもお世話になっていたグリーンホテルはなくなっていた。
 チョッとこぎれいなホテル・レイクヒルもいつの間にか看板を下ろしていた。 こちらはチョッとリゾート風にしていたわりには宿泊料金が安すぎたのだろう。 4万5千ウォン(当時4千5百円)だったから。

 何れにしても泊まるところを、ということで동양산장(東洋山荘)トンヤンサンジャンをアタック。
 いかにも…、という名前の宿だ。
 温泉マークの看板。 駐車場には大きなノレンのような目隠し。 日本でもファションホテルとか怪しい宿のシンボル的な入り口。
 玄関を入ると小窓があり、そこにあいた小さい除き穴からおばちゃんがのぞいて…。

 うっわ~。 こんなところ、大丈夫なの? と思うが、問題ない(ことも無いが…)。
 こちらの人は一般の宿泊で普通にモーテルを利用するのだ。
 ソウルの真ん中では、男だけだと断られることがある。 男女同伴でないと客の回転が悪いという理由からだ。

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2006年9月16日 (土)

韓国出張報告--お土産 사 온 토산물

韓国出張で買ってきたお土産などについて報告します。 (v_v)

久しぶりの韓国だったので、たくさんお土産を買ってきたい気分でしたが、逆に久しぶりだったのでどんな風にお土産を買えばよいのか分かりませんでした。

とりあえず家内のほうからリクエストがあった、돌김海苔、참기름ごま油、チューブ入り焼き고추장コチュヂャン、女性誌と롯데Lotteの찰떡파이(もち入りチョコパイ)を買ってきました。

女性誌は주부생활(主婦生活)チュブセンファルを買いました。
最近、日本で売っているファション雑誌も全頁グラビアで、分厚く持つのも重いようなものがありますが、韓国の女性誌もそれに輪をかけて分厚く重いです。 韓国では多いことは良いいことなのです。 さらにおまけが沢山ついてきます。 今回買ったものには小冊子がいくつか付いていました。
(写真載せたかったのですが、早々とご近所の韓流奥様の所に行ってしまったようです。)

自分用には、音楽CDと、韓国語勉強用に本세상 에서 가장 유명한 이야기(世の中で一番有名な話 Thirty More Famous Storien <by 제임스 M. 볼드원>)』を一冊買ってきました。

購入したCDは、

ランキングNo.1の 015B(공일오비空一烏飛) コンイロビ
    
新譜『7集(LUCKY 7)』(写真右上) …結構ベテラングループのようですがラップ有りの軽やかなサウンドです。
ランキングNo.4の Turtles(거북이) コブギ
    
新譜『4集(거북이 사요)』(写真左上) …『亀が住んでいます』なんておかしな題名ですね。男1,女2の若い3人グループです。
前から興味があった、 ピョル

    
『3集』(写真左下) …若いのわりにはしっかりした大人の歌を聞かせてくれるとの評判です。
お気に入りの서영 ソ・ヨンウン

    新譜
『6集 Be my sweetheart』(写真中央) …彼女は『4集GIFT』で気に入りました。ドラマ『雪だるま』の挿入歌で耳になじみがあります。
次買う予定になっていた
신승훈 シンスンフン
    
『5集』(写真右下) …これには、映画『연리지連理の枝』の主題歌『나보다 조금더 높은 곳에 니가 있을뿐 僕よりも少し上に君が居るだけ』が入っています。
Cd

時間があればDVDも買ってきたかったのですが、それは諦めました。
CDは普通 13,000ウォンです。 3~4年前は9,000~10,000ウォンだったのですがずいぶん値上がりしました。 対円レートも1.3倍ぐらいになっていますから、我々からみると7~8割上がったことになります。 ほとんどの物価がこの調子ですから、ソウルの人はかわいそうです。

そうそう、映画ネタでは『グエムル』の中で、송강호 ソン・ガンホ(カンドゥ)が病院で絶食を言い渡されたときに隠れて食べていた골뱅이コルベンイ巻貝の缶詰も買ってきました。 何でもあのシーンのおかげで沢山売れたそうです。 お店で、もっと小さい缶は無いのかKanzume 聞いてみました
「저…、이것、더 작은 것 없어요?」「えー、これ、もっと小さいのありませんか?」
が、あっさり

「작은 것 뇨, 작은 것은 없습니다. 죄송합니다.」「小さいやつですか、小さいのはありません、申し訳ございません」といわれてしまいました。 映画と同じのほしかったんですけどね。^v^)

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2006年9月14日 (木)

韓国出張報告--向こうでのお食事식사

短い韓国出張の私のお食事内容を報告します ^O^ 。

初日、인천インチョン国際空港に降り立ったのは夕方の5時、先にソウルに来ているHさんに電話をかけたら도심공항(都心空港)シティ・エア・ターミナルに来いというので早速直行バスに乗り込んでそちらに向かいました。

久しぶりのインチョンでしたが、特に変わった様子はありませんでした。
いつものようによく分からないまま外へ出て、無数にあるバス停のおじさんにどれに乗るのかたずね、いわれるままに金を払ってバスに乗り込みます。
急いでいるときは間違ってホテル巡回バスや市外バスには乗ってはいけません。 運賃は半分ですみますが時間がかかります。 そういえばバス代がまた上がっていました。 1万3000ウォン。 行くたびに1000ウォンずつあがっていく韓国の物価上昇速度には驚かされます。 6年前のキンポ空港のときは5000ウォンだったのが、インチョンになったときでも8000ウォンではなかったでしょうか? その後どんどんあがり続けています。 ソウルへも行きにくくなりそうです。

Hangan 漢江沿いにバスが走り、여의도(汝矣島)ヨイド付近の橋の下を通過すると、先日見た映画『グエムル』を思い出してしまいました。 봉준호 ポン・ジュノ監督は若いときにどんな想像力を働かしながらこの橋を眺めていたのだろう、と。

いつもの様に夕方のソウルは車で満ちていました。 シティ・エア・ターミナルについたのは7時ごろ。通常は50分の道のりが1時間半かかりました。

初日の夕食は、韓定食です。
COEX の地下街にある韓定食屋さんでの夕食。 一人1万5千ウォン。 決して安いものではありません。 2千円ぐらいになります。 通常、
한정식 韓定食は少量のキムチを除いて辛い物はありません。 辛いものが駄目な人でも美味しく召し上がれます。
おかずには、煮込んだお肉やらお魚が乗っていました。

翌朝はホテルのバイキング。

そして、お仕事先が수원(水源スウォン)方面だったので、エージェントの社長に有名なス2 ウォン・カルビのお店に連れて行ってもらいました。
こちらはお値段は分かりません。 平日の昼間からにぎわっていたところをみると結構有名なお店だと思います。 柔らかくて美味しいお肉でした。 
반찬バンチャン(おかず)김지キムチもたくさん並んでこれぞ韓国の焼肉というものでした。
1 こうやって日本人が行くとたいてい焼肉のご馳走でおもてなしをしてくれるのですが、韓国といえば焼肉というものでもありません。 私も自分で行動しているときはほとんど焼肉なんて食べません。
それに、焼肉の匂いで衣装が台無しになってしまいますもの…。これは事実。

夜には、初めての食べ物쭈꾸미 ッチュクミ というものに挑戦しました。
Chukumi ッチュクミ は、イイダコの足と思われるものを辛~いお味噌か何かに漬けたものをひたすら焼いて食べます。 鉄板と網が選択できましたが、私たちは網で焼いて食べました。 辛いものが苦手なHさんは、辛いからいといって怒りながら食べていました。
ビールはやっぱり
하이트ハイトゥ。 これは3人の意見がそろいました。
最後にご飯をもらっておなかを整え、ごちそうさま~
잘 먹었습니다
その後は、お店を変えてゴールド・マンゴアイスクリーム(サンデー?)を食べました。 冷たくて、おでこと鼻の間が痛いのをこらえながら、ボリウム満点のアイスをたいらげました。 向こうの隅の席では主婦達と思しき5人組が何かのうつわをつついていました。
私たちの近くの席に座った、2組のカップルは大きな器のカキ氷みたいなのを一緒に分けて食べていました。 これこそ韓国式の食べ方なのですね。

韓国フリークの私には、まぁ何食っても美味かったです。

私の韓国出張も、以前とはずいぶん様子が変わりました。 一人でうろうろすることも減ったし、いつも誰かに連れてもらっての行動で、食事も立派な食堂ばかり…。 普通の海外出張っていうのはこういうものなのでしょうね。 でも内心、以前の方が良かったかなって感じてしまいます。

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2006年9月11日 (月)

韓国出張報告--消しゴムのファミマ

この木曜日から土曜日に韓国に行ってきました。
金曜日にお仕事の打ち合わせのために出張しましたが、前日の夜に着いて、仕事のあくる日の朝に帰るという、格安ツアーのようなスケジュールで行ってきました。

Chiuge_zentai 今回の出張でどうしてもやっておきたかったことが、『私の頭の中の消しゴム』に出てきたファミリーマートへ行ってコーラを買うことです。
普通こういうバカなことを言っていると笑われてしまいそうですが、会社の事務所のすぐ近くにあると思っていたので、…。 ま、そうバカにしないでください。

私の会社は、ソウル地下鉄の2号線、삼성(三成)サムソン駅선릉(宣陵)ソルルン駅の間にあります。向かいにはポスコビルディングがあり、まさにソウルの一等地です。そして問題のファミマは선릉(宣陵)ソルルン駅と次の역삼(駅三)ヨクサム駅の中間のルネッサChiuge_posterンスホテルのヨクサム駅側すぐ近くにあります。

帰る日の朝、空港に向かう前にこのファミマを求めて探検に行ってきました。

あいにく、その日は雨でしたが傘をさして頑張って行ってきました。 どちらかというとヨクサム駅側だと聞いていたので、時間も無いことなので、地下鉄に乗っていってみましたが意外と簡単に見つかりました。
Chiuge_colabox駅から東に向かって歩けば、広い道路に面して北側に見つかります。 
チョン・ウソンソン・イェジンのポスターが張ってあるので間違いありません。

じつは、ソウルについた日の夜にも、それほど強い気持ちではなく、そちら方面を散歩したのですが、そのあたりにはたくさんファミマがあります。 ふらっと歩いただけで6件ぐらいはありました。 だから場所を教えてもらってから私が行った行き方が一番確実でしょう。

Chiuge_cola2ということで、目的を達成し、コーラを二本購入して持って帰ってきました。

店員さんに영화에 나오는 집 이죠 ? (예) 어느 콜라가 그 콜라 예요 ? 映画に出てきたお店でしょ? どのコーラがそれなの?」 ってわざとらしく訊いてみたら、その前まで連れて行ってくれて両手でトントンとたたいて見せて、ウフッて嬉しそうに照れ笑いしてくれました。
<わざわざ日本から買いに行ってるのだから、間違ったら大変だもの、ごめんね>

久々のソウル出張中、我が親愛なる 신嬢 ^^ には大変お世話になりました。
シンさん、ありがとぉ。

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2006年8月30日 (水)

韓国体験記(9) - エボレンド珍道中(2) <에버렌드 에서>

 영인 (龍仁) ヨンイン から 에버렌드 エボレンド まではまたバスを利用。 普通の観光客ならタクシーに乗るところだろう。 このあたりが私たちの旅が珍道中となる所以である。

 ヨンインのターミナルでは、韓国語意外まったく通じない。 こんなところへ海外の観光客はあまり来ないのだろう。 普通はツアーのバスで直行するのだ。
Evermon そこから、
エボレンドまでは長かった。 時間は短いはずだが停車する駅が多い。 コースはグルグル回り緑の多い田舎町の景色が続く。 しかしいつ降りるのか、などという心配は取りこし苦労、終点の広い駐車場。 誰にでも分かる終着点。 そりゃそうだ!! Evernaka遊園地に来ているのだから。

 なんとなく察しはついていたが、ここは男性二人で来るところではなかった。
 さぁ、フルパスのパスポートをゲットして! と勢い込みたいところだが、私たちは入場パスだけにした。 それでも手首にパステルカラーの腕輪(パス)をされて、いざ出発。 妙にわびしい気分。

 広い入場門前は、閑散としていた。 大塚ドリンクのポカリのキャンペーンだけがやたらに目立っていた。

Everevent_1 入場ゲートを くぐると、内側の空気は明るく晴れやかだった。
 子供たちの声、若者たちの笑顔、お花で飾りたてられたストリート。 そして、なじめない私たちは… 傍観者。 やっぱり私たちは出張中だった。
 結局、ぐるっと一回りして帰ることにした。
Everretsu とは言っても、半端な広さではなく、歩くだけでも十分に楽しい。 微笑ましく、美しい景色を楽しむことができる。

 ここ、エボレンド(エバーランド)は、韓国では一番大きい部類に入るレジャーランドで、ディズニーランドと勝負するとかしないとか、韓国自慢のスポットだそうだ。
 まず、人気は絶叫マシーンなどの乗り物、そして夏には波が立つ大型レジャープール
「カリビアン・ベイ」、そして広~い花壇、ハーブ園、動物園、なんとかジャングル、野外イベントホール。Everkesho 遊ぶ気ならまるっぽ一日遊んでもおっつかない巨大遊園地だ。 そういう意味では、私たちのチョコッと散歩という選択肢は正解だった。

 そのころは、ちょうど休閑期だったのか、あるいは土曜日という日のせいかそんなに人は多くなかった。
 バラ園はなかなかの見ものだ。 ここそこに化粧や被り物で紛争した人が居て、お客を楽しませてくれるのも印象に残る。 時々開かれるダンスやパフォーマンス。 願わくばここを目的地に飛行機に乗りたいところ。

Everenji  それから幼稚園の遠足に出会ったが、どこの国も同じだなぁというのが感想。 面白いことに、子供たちが白熊が泳ぐプールを上からのぞいて、口々に 「くまぁ、 くまぁ」 と呼んでいるように聞こえた。 「Ⅰさん、くま、くまって言ってますよ」 「ほんまやなぁ、日本語と一緒かぁ」
Everkuma(これは、
곰아 곰아 (コマー コマー)」クマさん、クマさんと言っていたのでしょうか。)

 さて、帰りはエボレンド前からソウル方面にバスが出ていることが分かったので、それを利用しない手は無かった。 今度は帰り道だから簡単!
 とはいっても、正直ソウルの地名を知らない私たち。 そのおかげでソウル市内に到着しているのに気づかず、危うくもう一度ヨンインまで行ってしまうところだった。 知っている景色が二回見えたので、あわてて下車したが、それがどこだったのかは、よく覚えていない。


 多分そのあと、私たちは
동대문 운동장 (東大門運動場)トンデムン ウンドンジャン の屋台で떡볶이 トッポッキをつまみながらビールのグラスを手に今日の反省会をしていた。

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[ちょっと物知り韓国文化]

 영인ヨンイン수원スウォンに近い町で、その周辺には観光スポットとして『エバーランド』のほかに『韓国民族村』があります。
 『韓国民族村』はまた回を改めて紹介できると思います。

 エバーランドは김래원キム・レウォン장나라チャン・ナラ김재원キム・ジェウォン出演の韓国ドラマ내사랑 팥쥐マイラブパッチの舞台となっていました。
 
아름다운 날들 美しき日々にも最後のほうで、室長との婚約旅行でしたか忘れてしまいましたがデートコースに使われていました。 その他のドラマや映画でもよく登場するようです。

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2006年8月26日 (土)

韓国体験記(8) - エボレンド珍道中(1) <가자 에버렌드 에>

 珍しく滞在地はソウル。

 土曜日には予定が入っておらず、このままではもったいない、ということでショッピングセンターの(日本語を話す)売り子さんに一日遊べるのスポットを紹介してもらった。

P5130017  そこはソウル近郊の 영인 (龍仁) ヨンイン にある 에버렌드 エボレンド (真面目にいうならエバー・ランド Ever Land )。 ピーターパンが子供たちを連れて行ったのは、ネバー・ランドだったか。
 何でもソウルの人たちは皆、そこに遊びに行くとのこと。 売り子さんが「私も休みだったら行きたいわ」 と、ご推薦なので行ってみることにした。

 土曜日の朝
 連日夜になるとホテルでの資料作成などで、眠れなかった私は少し眠かったが開放感が勝った。 疲れなど吹っ飛んだ。 さあ出発! その日は一日遊ぶと割り切っていたから。

 場所は 高速バスターミナル。 「龍仁」という二文字を頼りに、Ⅰ氏と私の2人珍道中は始まった。
 Ⅰ氏は営業マンで私を韓国ビジネスに引きずり出してくれた韓国ライフの恩人? また私を一人で韓国に旅立たせ、元来持ち合わせていなかったクソ根性と度胸を植えつけてくれた人。 私たちは時々商談のために韓国に同行した。

 高速バスターミナルはソウルの中で、私たちが最も慣れ親しんだ場所。 ファーストフードで簡単に朝食を済ませていざ出発。

 まずは、チケット売り場へ。
 チケット売り場には十数個の窓口があり、全国へ向けての直行便の通行手形(チケット)を販売している。

 目指す方面を間違えては大変だ! 行き先表示を注意深く探して歩く。
 ヨンインは意外に早く見つかった。 売り場右の一番手前に、
[Yongin] だったと思うが、それらしき表示が見つかった。

 私「ヨンインに行きたいんですけど…」
 窓口「ネ~、ヨンインニョ~。 アホプシ シボブン コン タセヨ?」 私「 … … 」
 Ⅰ氏「Please, write down HANJA (漢字書いてください)」
 
窓口「 … 」
 
私「ヨンイン、한자로 써주세요.」
 
窓口 「영인 요. 한자, 한자. …, 잔깐만요! 어. 잔시만 거다리 십시오. Just moment, please. 」

 売り場窓口は完全にパニックである。 地名はもともと漢字だから、それくらいの漢字なら書いてくれる思っていたが、そうでもなかったのだ。 彼らに漢字を書けというのは無理な注文だ。 大変なことを尋ねてしまった。

 窓口の彼女は地図を探してきた。 が、漢字の地名は載っていない。
 [悪いことしたなぁ…]  と、次は英語を話せる子がやってきた。
 また一人、ちょっと先輩風の女の子が来た。
 結構近い線の漢字らしいものを書いてくれたので、「ありがとう、分かりました、結構です。」 お礼を言ってこの話を収束させようとするかしないかのうちに、なにやら相談しながら全員どこかへ行ってしまった。
 彼女たちは真剣だ。 日本のどこにこんなに真剣に対応してくれる切符売り場があるだろうか。

 数分待つと、ベテラン風の女の子が漢字で「龍仁」の二文字を書いたメモ用紙と地図を持って私たちの前に現れた。 丁寧に日本語で「こちらでございます。」と手渡してくれ、地図で場所を示してくれた。
 「ありがとう。本当に、ありがとう」 こんなことで、こんなに嬉しいのは久しぶりだった。

 …ごめんなさいね。一生懸命調べてくれている姿を、< かわいいナァ > なんて思いながら眺めていたこと白状します。…
 

 さて地名も間違いないことを確認できたし、バスのチケットは手に入った。 所要時間は1時程度とのことだったと思う。
 高速バスは乗ってしまえば後は簡単、降りそびれないように注意していればよい。 本当はなかなか聞き取れない停留所名にドキドキひやひやなのであるが…。

 バスは、どんどんスピードを上げて、高速道路の中央車線、日曜バス専用レーンをビュンビュン飛ばし、あっという間にヨンインに着いた。

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[ちょっと物知り韓国文化]
 ソウルには、大体3つの高速バスターミナルがあります。
 そのひとつが<
고속버스터미날 高速バスターミナル>、それから<남부 터미날 南部ターミナル>と<동부 터미날 東部ターミナル>です。

 『高速バスターミナル』5~6年前にリニューアルしてとっても快適なステーションになりました。
 バスターミナルの上は巨大なビルになっていて、新世界デパートとマリオット・ホテル。 隣に花市場があります。
 そこの地下街の泉の広場みたいなところはドラマ
『美しき日々』の舞台となりました。 연수 ヨンスが室長민철ミンチョルの妹の 민지ミンジを連れて卑屈になった彼女の心を開かせるために、一緒に絵を描いて売ろうとしていたところです。

 『東部ターミナル』のすぐ前にはテクノマートという電化製品のデパートがあります。 ここもソウルに行けば一度は行っておくべきところでしょう。 携帯電話フロアなどは広大な一フロアすべてが携帯やさんで壮観です。

 韓国は、日本ほど鉄道が発達しておらず、道路を整備してバスを中心とした交通網を確立しようと力を入れています。
 したがって主要な都市には必ず高速ターミナルがあります。 その近くには、たいてい市営バスがあり、こちらは通常の町の路線バスがあります。
 ソウルといえばはもちろん韓国の中心であり、そこの高速バスターミナルはいわば韓国のHUBなのです。 本当に便利でどこへでも安く速く移動することができます。 下手をすると鉄道より速く目的地へ移動できます。

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2006年8月12日 (土)

韓国体験記(7) - プヨ見学 <부여관광>

 韓国に出張し始めたころは、しきりに観光して帰ることを勧められた。
 そのころ現実には色々忙しく、時間を節約するために飛行機は日曜日の便にして、平日を有効に利用するようにしていたほどだった。

Puyo1  ところがある日、営業マンと二人朝からの打ち合わせを終えて帰ろうとしているとき、また誘われた。 強引にも案内役として社員さんを一人連れてきてくれて、さあ観光に行けという。 断り続けるのもあんまりなのでご好意に甘えて부여(扶余)プヨ見物に連れて行ってもらう事にした。

 案内してくれたのは、他の企業からちょうど昨日転職してきたという若者だ。 入社の翌日に日本人を観光に連れて行くなんぞ考えもしなかったことだろう。 さすがにSAMXXXから引き抜かれてきただけあって英語は達者で片言の日本語も話してくれた。 彼にとっても忘れがたい経験となったと思う。

    プヨ文化観光ホームページ

 よく覚えていないが、プヨへは会社から車に乗って3~40分で到着した。

 プヨは、백제(百済)ペクチェ最後の首都。
 
Puyo2 プヨの城跡(
부서산성扶蘇山城プソサンソン跡)は小高い丘になっていて、歩くと運動によい散歩コースのようだった。 丘の裏側には백마강百馬江ペグマガンという大きな川が流れている。 百馬江の水は緩やかに弧を描き、低い山に囲まれたプヨの町の真ん中をゆったりと横切っていた。 町は全体に古いたたずまいを残し、私の故郷京都の空気を感じさせた。

 城跡の丘は百馬江に面し、前からは小高い丘陵、後ろ側は絶壁となっている。 丘に登ると町全体を見下ろせるお城にふさわしい位置。 高台には幾つもの舞台というか宴の席があり何時とはなく開かれた当時の優雅な酒宴を空想するほどに、時の隆盛をうかがいしることができた。

 この城の主、의자왕(義慈王)ウィジャ王は好色な人物で実に3000人の女を侍らせていたという。 私たちは、自分がそういう立場だったらどうだとか、意味のない議論をしながら長い坂道を登った。
 歩く両側はほとんど森になっていて時折左手の木々の間から眩しくない太陽の光と、ゆう然と流れる百馬江の姿が目に飛び込んできた。 道の傍には時々当時の家らしきものが再現されていたが、これは他の立派な歴史建造物からは想像もできない質素なもので、竪穴式住居の類。 地面の高さに藁の屋根をかけたもの。

 案内の彼は、土手越しに川が見えるとその土手に上って 「オ~ッ、ペグマガ~~~ン」と叫んで見せた。 私たちも、少し小さい声で叫んでみた。 「ペグマガ~~~ン」 そして一緒に笑った。 その瞬間私たち3人は不思議な気持ちになった。 私たちは同じ遺伝子のかけらを持っているかもしれなかった。 千四百年のときを経てお互いが再会したかのような。
Puyo3なぜ私たちは違う言葉をしゃべっているのか、そんなことが不思議にさえ思えた。

 丘を登りきると空は広く、景色はよかった。 しかし、その向こうにある百馬江への絶壁では悲しい物語が言い伝えられていた。 百済王朝の最後、新羅による陥落のとき、姫が敵の武将に色仕掛けで近寄り、この武将に抱きついて彼を動けなくして自ら武将ともどもこの百馬江に身を躍らせたという話を聞いた。
 そこに残された
낙화암(落花岩)ナックァアム、3千人の女官が花びらのように舞落ちたという名前どおりのいわくの岩だ。

 城跡として大きな建造物はなかったが、残された建物は、宗教的な建物が主で西暦六百年ごろのもの。 ちょうど日本に百済の文化が移入されていたころのもの。 日本の古典的建造物と形も色合いも同じだ。 確かに日本文化と思っていたものと共通するところが多く親近感が沸く。
 もっと互いの国の古い歴史を知りたいと思った。

 ただ、ここも観光地。 スポット的にコースとなっているところにはPuyo4沢山の人の集まりがあり、そこには旅行会社の札をカバンに付けた日本人が目立った。 戦争を経験した世代の年配の人たち(日本人)はどういう思いでこの辺りを旅行しているのだろう。
 この地は、まだ日本と仲のよかった土地だから問題はないか …。
 城を新羅・唐連合軍にとられた百済を守るために天智天皇(中大兄)は5万の援軍を送ったのだった。

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[ちょっと物知り韓国文化]
 プヨというと今テレビでやっている 『
천년지 애 千年の愛』の 공주 お姫様が南プヨ出身ですね。
 ぴんくるFin.K.Lのメンバーである可愛い
성유리ソン・ユリと独特の風貌が売りの소지섭ソ・ジソプが主演しているドラマです。
 全部見ていないので良く知りませんが、百済王朝の時代から何かの間違いで(百済の城が落ちた時のお話です)現代に来てしまったお姫様が、当時の人たちとよく似た男たちの間で事件を起こしていくというコミカルなドラマで、見始めると面白くてテレビから離れられないのが最大の欠点です。
 あ、と言っている間にドラマは終わってしまいました。

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2006年7月24日 (月)

韓国体験記(4) - 珍しかった日本人<낯익 지않았던 일본인>

 そんなことは無いかも知れないが、논산ノンサンの연무ヨンム辺りでは私は最初の日本人だったのではないかと思う。

 もともと人気(ひとけ)の少ないところだったが、町の人たちはすぐに私を覚えてくれた。 向こうの会社の人たち、タクシーの運転手、ホテルの近所にある食堂のおばちゃん、パン屋さんに雑貨屋さん。

Taxi_1  名刺をもらったタクシーは3台ほど。 たいていは誰かがタクシーを手配してくれたけど、困ったときには自分で名刺の電話番号にダイヤルした。 言葉が話せなくても、「ホテル ナウ」 と言えば私だと分かってグリーンホテルに迎えに来てくれ、朝なのに「こんばんは」とか挨拶してくれた。 別れるときも手を振って「こんばんわぁ」と見送ってくれた。 日本語での挨拶、それは私に対する最大の敬意であり愛情表現だったに違いない。

 仕事が終わってホテルに帰るときには、タクシーの運転手に「ショピン・ショピン」と告げると適当なコンビニ(とは言っても小さな雑貨屋さんだったり、何とかマートだったり色々)に連れて行ってくれた。 もちろん買い物が終わるまで店の前で待っているか、店の人と賑やかに話しをしながら待っていてくれた。
 そしてホテルに付くと明日は何時にきたらよいのかと自分の腕時計を指差してたずねてくれた(たぶん)。

Taxi1  ホテルのおじさんがタクシーを呼ぶときも「日本人」と言っているようで、それで用件は達せられるようだった。 町では日本人と言えば私のことなのである。

 ホテルの近くにもバス停の前に小さなスーパーがあり、そこでジュースや缶ビールとおやつを買った。 スーパーといっても日本では最近見かけなくなった駄菓子屋さんか雑貨屋さんの類で、家の入り口の部屋を土間にして棚を並べたという程度のものだ。 それでも商品は所狭しと並んでいた。

 そこでは威勢のいい兄ちゃんか、その母親らしい肝っ玉母ちゃんが迎えてくれる。 お店は母ちゃんが実権を握っていて、父ちゃんは商品の御代の計算も難しいようだった。 兄ちゃんは外人だと分かると抑揚の効いたイングリッシュで話しかけてきた。

 奥の部屋には額に入った一枚の写真が誇らしげに掲げられていた。 写真には太鼓をたたいて踊る若者の姿が大きく写っていた。
 あぁ、母ちゃんの自慢なんだぁ。 指差して「息子さんですね。いいですねぇ。」と日本語で言うと。 「そうなんだよ、うちの息子はね、… やっていてね、… 大会で入賞したんだよ。 … で …、いい子なんだよぉぉぉ」 と嬉しそうに話してくれた(きっとそう言っていたのだと思う)。

 その家はスーパーとは別に立派な食堂を持っていたが、その店が営業している状態はついに見ることはなかった。 연무대 ヨンムデの入所式の日には町の人口が10倍ぐらいになったのでその日だけ営業していたのかもしれない。

 誰もが皆人懐っこく、よく話をしてくれたが、私がほとんど理解できなくて、申し訳ない気持ちで一杯になった。
 そんなことが、私の韓国語学習の大きなエネルギーになったことは言うまでもない。

 少し韓国語でやり取りできるようになってからは、楽しかった。 誰に会うのも楽しくて、きっと私はニコニコしていたと思う。
 彼らは口をそろえて、いつ来たのか、いつまで居るのかと聞いてきた。
 私の答えはたいてい同じだった。
「오늘 요」「今日です」「화요일 까지 요」「火曜日までです」または「잘  멀겠어요. 일주일 정도요.」 「よく分かりません。一週間ほどです」 私の言葉は単語の後ろに「요」「よ」をつけるだけ。

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[タクシーの領収書]
 出張で出かけているとき、タクシーに乗るには領収書が必要なのですが、韓国のタクシーは領収書なんて持っていません。 そんなことないよと仰るかもしれませんが、領収書を持っているのはソウルやプサンなどの大都会のタクシーだけです。
 私も、そんなこと知らなかったので、旅行ガイドブックで覚えた韓国語で
「영수증을 주세요」「領収書ください」といっていました。 そうしたら「お客さん、そんなの持ってるのソウルのタクシーだけですよ」と笑われました。

[韓国のスーパー]
 韓国ではコンビにを
변이점(ピョニチョン)便宜店といいます。 スーパーというとさらに大規模な店舗を連想するのですが、個人でやっているように小さな店舗の入り口のガラス窓にはたいてい 슈퍼 (シューポー)すーぱーと赤い文字で書かれています(赤とは限りませんが)。 大規模店舗は普通 마트 (マートゥ)マートです。 少し感覚が違いますね。
 どこかの街で4畳半ほどのお店の入り口に、ご丁寧にモダンにも
슈퍼 마켓트 スーパーマーケットと掲げられているのを みて可笑しくなって笑ってしまったことがあります。(笑うシチュエーションではありません ^^;)

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2006年7月21日 (金)

韓国体験記(3) - 常宿グリーンホテル<그린호텔>

 韓国に行きかけてから暫くの間、논산시ノンサン市にある顧客の工場へよく出張した。

4,500円のスイートルーム
Green2  宿泊は工場から車で15分程度のところにある、연무 그린호텔ヨンム・グリーンホテル。
 ホテルは、オジサンと時々息子らしい人、それから大学生の娘が交代でフロントをやっていた。 周りは見渡す限りのビニールハウス。
 ノンサンは
논산 딸기 イチゴで有名な地区で、5月頃には딸기 축제 イチゴ祭りがあり 미스 딸기 ミス・イチゴ が選ばれるらしい。 どんなに愛らしいミスなのか一度お目にかかりたいものだ。

 연무ヨンムというところは、논산ノンサンの市街地からは少し離れていて、まとまった買い物をするならバスに乗って2~30分走って市場に出かける。 そこには、연무대 ヨンムデという軍隊があり、韓国のいくつかの部隊の中ではよく知られていて、韓国の人ならヨンムデといえば分かるようだ。
グリーンホテルの玄関、向こう
はイチゴのビニールハウス群

Green1 休みの日になると、バスに乗ってソウル方面に出かける迷彩服の兵隊さんが目立った。 彼女か家族に会いに行くのだろう。
 ソウルには東のはずれに
화랑대ファランデというところに部隊がある。?

 というわけで私の常宿はヨンム・グリーンホテル。
 毎朝タクシーを呼んでもらってお客の工場に向かう。
 韓国語はまったく分からないので、先方の会社の方がホテルのおじさんに朝8時半にタクシーを呼ぶように頼んでくれたのだ。

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[연무 그린호텔ヨンム・グリーンホテル]
 この私にとって懐かしいホテルは、今はもうありません。
 古くなってボイラーの調子が悪く、修理しようと思ったら業者さんが、全館やり直す必要があると言ったので諦めたそうです。
 2年ほど前に泊まろうと思って行ったら営業していなかったときは、本当にショックでした。
충격을 받다. とはこのことです。 でも近くの食堂(奥さんが経営しているらしい)でホテルのおじさんを見つけたときはスッゴク嬉しかったです。 そしてこのボイラの話をおじさんの口からじかに韓国語で聞くことができたのも私には素晴らしい喜びでした。

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2006年7月19日 (水)

韓国体験記(2) - 私が辛口になった日<맛있는 김치>

 韓国のキムチは美味かった。

 公式 「韓国 = キムチ」 それは本当だ!

 私はもともとキムチというものをあまり食べなかったが、압구정アックジョン(狎鴎亭)の現代デパートの地下で食べたキムチの試食が私の口を変えた。

 ウマイ!

 何だこれは!
 日本で売られているキムチとは味が違う。

Hyundai  シーンとした涼しげな辛さの向こうに味が見えてくる。甘い味、香ばしい香り、そして心地よく舌全体を刺激する唐辛子の味。 う~ん、今表現するのは難しい。 言葉にすると壊れてしまうかもしれない味わい。キムチを口に入れて「ウマイ」と思ったのは初めての体験。

 それからと言うもの、韓国での食事のときにキムチの味見をするのがひとつの楽しみになってしまったのだ。
 韓国のキムチはところ変われば味代わり、お店が変わればまたそれぞれの味がする。
 もちろん種類が多いのも特徴で、色々なものが楽しめる。

 いつの間にかキムチだけでなく、辛いもの大好きになってしまった。 最近はと言うと日本で食べるうどんに入れる七味唐辛子の量も半端ではなくなった。 鍋物、汁物、お好み焼きには七味が欠かせない。
 会社の食堂で味噌汁に七味をタップリ入れて食べているのを保険屋のおばちゃんに目撃されて、七味のないところで食事しても不自由がないようにと、マイ七味をプレゼントされてしまったほどだ。

 ただし、美味いキムチだからといって安易に日本に持ち帰ろうななどという気を起こすことなかれ。
 まず匂いが凄い! 現地だからこそしっかり楽しめるのだ!
 そして日本で販売されているもののように発酵を抑えた作り方になっていないため、食べる時期が難しい。キムチは生き物だ。 保存の仕方と食べる時期によって味が変わるため素人には難しい。
 たとえば、韓国から帰るときにスーパーで袋入りのものを買って帰ると次の日には袋が膨らんで破裂せんばかり。 そう、風船状態になる。 ところが実は少し時間をおいて発酵が進んだほうが本当の味になると言うのだ。

 この辺りをよく理解した人は美味しく楽しめる。
 私は残念ながらそこまでして食すほどの情熱は持ちあわせていない。
 それに餃子を食べたあくる日と同じ目にあうことは覚悟しなければならない。

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[압구정(狎鴎亭)アプクジョン]
 ソウルの地名です。 海外ブランドのブティックが並び、もっともお洒落な街とされています。 地下鉄3号線にのりソウルの中心地から南へ向い韓江を渡ったすぐの駅です。 現代デパートは地下鉄の駅からすぐのところにあります。 また、アプクジョンの
포장마차ポジャンマチャ(布帳馬車と書き屋台のこと)には韓流スターを含む有名タレントたちも出入りすると言うことでそれを目当てに集まるファンも多いとか。 アプクジョンのポジャンマッチャは私も一度行って見たいと思っている所のひとつです。
 現代デパートはこちら
 http://www.k-plaza.com/seoul/depart_03.html 
 私は初の現代デパートで、唐辛子の粉と岩塩、お決まりの韓国海苔を買いました。

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2006年7月15日 (土)

韓国体験記(1) - 最初の感想<첫인상>

 韓国を訪問して最初の印象は「思ったより普通」だった。(何言ってんだか)

 ただ衝撃的だったのは、すべてがハングルで表記されていて文字が読めないことだった。 文字が読めないのは当たり前のはずだが、外国へ行っても英語が分かれば何とかなるという無意識の妄信は、もろくも崩れ去った。 街の中で英語の表示を見つけると嬉しくて … 。

Machi  それ以外は日本の街とよく似ていた。

 ソウルはビルだらけで東京や大阪と変わらない。
 いたる所にある壮観な高層住宅群は圧巻であったが、田舎へ行けば山ばっかりで、広い土地には水田が広がっている。我々と同じ米を主食とする人種なんだ。

Shinchan  高速道路は右側通行なのを除くと、標識の色も表示の仕方も日本と変わらない。サービスエリアも休憩所も売店もなんら変わらない。日本のもの(技術)を持って行ったのではないかと思った。
 ついでに売店では『クレヨンしんちゃん』や女性週刊誌、見覚えのある本が沢山並んでいる。お菓子も大体同じもの。そしてロッテリア。

 街と田舎の景色の極端な差は日本以上。ソウルを離れると突然ドイナカになる。
 家屋のグレードも都市部と山間部、田園部ではずいぶん違う気がした。

Apart  まずは目で見るだけの韓国、その印象を色で例えるとグレー。
 町全体にグレーが掛かっていて彩度、明度ともに低い色彩だ。 看板や広告、横断幕の色彩は確実に色使いが派手なのに、なぜかくすんでいた。
 道端にゴミが落ちているわけではないのに、何か整理されておらず、またすべてのものが埃っぽく感じた。 街かどで見かける車も日本のようにピカピカに磨いたものがほとんど見当たらない。
 今から思うと時期が黄砂の季節だったのかも知れない。
 日本を訪れた韓国人が口をそろえて「日本の印象=綺麗」と言っているところをみると私の感覚はそう間違っているわけでもない様だ。

 これが私の最初の韓国滞在2日間の漠然とした印象だった。

 もちろん、これが私にとってのドラマチックな韓国劇の幕開けになろうとは、夢にも思わなかった。 図らずして、この出張を起点に私の韓国フリークは始まったのだ。

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2006年7月14日 (金)

韓国体験記(0) - 初めて<처음>

 私の初めての海外出張は韓国での技術打ち合わせだった。

 海外へ出るといえば新婚旅行で参加したパックツアー以来のこと、最後に飛行機に乗ってからすでに10年を超えるブランクがあった。
 しかも単身での訪韓…。

プリマホテルの窓から
P3190006  スケジュールはソウルで前泊、翌朝先方の会社の方とホテルで落ち合い、現地へ同行して納品のための事前打ち合わせを行うというものだった。そしてその日のうちにソウルに戻り翌朝帰国というもの。

 久しぶりの国際線搭乗、初めての関西空港、初っ端から航空会社変更のエンドース手続きでくたくたに疲れた私は機内でなを緊張しながら居眠り状態でソウル(当時김포공항キンポ空港)に降り立った。飛行場からソウルまでは韓国に出張中の年配営業マンが案内してくれたので私は観光気分。

P3190007  翌朝、待ち合わせの時間よりかなり早くホテルの部屋の電話が鳴った。英語でなにやら言っている。今日会う約束の人だ! さて準備をして、とまだまどろみつつも異国の地での決戦に備える私は、こうして不意を突かれる形で韓国での仕事第一日目を迎えた。

 ソウルのホテルからは車に同乗して約3時間。
 私たちが納入する設備が導入されたのは地方都市、
충청남도忠清南道(チュンチョンナム道)논산시論山市(ノンサン市)のはずれ。工場は호남고속도로湖南高速道路の論山インターを出てすぐのところにある工業団地にあった。

 もちろん私はハングルなど読めず、話せず。それどころか社会音痴の極みで一般の人以上に韓国についての知識は希薄だった。知ってることといえば日本人とよく似た顔立ち、辛いものを食べる国、読めるはずもない独特の文字、ソウルオリンピックくらいのものだった。

 打ち合わせに関しては、相手先に日本語を話せる方がおられたので特に問題はなかったが、移動中の車の中では片言英語でのコミュニケーション。ジャパニーズ・イングリッシュも凄いがコリアン・イングリッシュもなかなか凄く聞き取れない。しかも長らく使ったこともない英語には苦労した。
 たとえば、「車が多いですねぇ」って言いたい、「多い」って何て言うんだったか考えれば考えるほど出てこない。今考えるとバカみたいだがこれが私の実の姿だった。

 このときの2~3時間のドライブは初渡韓の私にとって日本列島縦断ドライブにも匹敵した。

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 というわけで、時々私の韓国体験記を書き綴ってみたいと思います。
 本当に第二章があるのかどうかすら不安ですが、とりあえず5回ぐらいは頑張ってみます。
 本物の韓国通の人からすればちっぽけな私の韓国体験ですが、世の中にはこんな経験をした奴がいるという程度のことで宜しくお願いします。もちろん大した内容はありませんよ。あまり期待しないでね。

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2006年5月 2日 (火)

京都・祇園あるき

 祇園・先斗町を歩くと芸子はんが何処かに居はりそうな、そんな空気が流れています。
 木屋町を歩くと舞妓はんに会えそうな、そんな予感が、かすかに気分を高揚させます。

Chaya_ura 最近は観光客に舞妓はんの格好をさせる体験コースみたいなのがあって、そんな偽物に出会ったときには、それはそれなりに良かったり幻滅させられたりでややこしい気分です。(『一般の方です』といった意味の看板を持っている場合もあるようですが)

Michisirube  普段あまり歩くことの無い花見小路に足を向けてみました。

 舞妓はんを一目見ようと観光客が道端でカメラを持って待ち構えています。外人さんも一緒になって待っています。道の両側には芸子はんのお宿とそれらしく作ったブテッィク?が、適度な間をおいて並んでいます。
 「都をどり」の飾り付けが、なんとも自然に受け入れられる。不思議な景色です。

Cyuuka  ちょっと路地を入ると、以前に何のときだったかに連れてきてもらったことのある中華料理屋に行き当たりました。記憶によると結構高級な料理屋で、個室に小さな庭がついていたと思います。

 散歩するときには、観光客が歩かない一筋はずした道にこそ京都の風情があります。
 そのあたりは、常連さんの通うお店たちであったり、また一趣の味ある生活の場でもあるのです。
Okeiko 昔とは違って、一般の人でも入れるお茶屋さんや小物屋さんが増えているようです。

 京都独特の細く奥深い路地があり、そこにはちょっとやそっとの勇気では立ち入ることが出来ません。

 演舞のお稽古場がありました。お稽古の日程表には"井上 八千代"先生の名前もありました。玄関には着物姿が自然に映る静かな女性の姿がありました。

Chaya_yoko 自転車に乗ったおじさんが向こうからこちらに向かって走ってきます。向こうから自転車なんて普段みかける光景と同じはずなのに妙にアンチークな空気が流れます。

 ここは祇園、簡単にタイムスリップできてしまう街です。

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2006年4月 8日 (土)

鴨川から南禅時お花見と湯豆腐

 今日はお花見びより。 最高のお花見でした。

Kawabata 朝は、一瞬の通り雨があったのですが、黄砂が濃いのをのぞくと天候は晴れ、桜は満開で言うことなしでした。

 お花見といっても、ござを敷いてお弁当を広げて…ではなくお散歩です。
 コースは京都駅を出発して鴨川沿いを北上、二条あたりから東へ進んで、終着地点の南禅寺にてゆっくりお食事というものです。

Nanzenji2 このコースは鴨川と疎水(そすい:京都の古い運河)べりを歩くので何処を歩いても桜の花が植わっていて、また実にさまざまな品種の花が楽しめて抜群です。 また南禅寺周辺には古い庭やお金持ちの豪邸が多く何処を歩いても花、花、花で普段の生活を忘れて実に優しい気持ちになっていました。
 京都中が花だらけになったような錯覚を覚えます。

Nanzenji1  所要時間は2時間程度。 南禅寺てのんびり休んで湯豆腐をゆっくり食べて全部で4時間コースです。

 三門は石川五右衛門が住んでいたとかいないとか、「ゼッケイカナ」のせりふで有名なところ。 上に上がるには500円とられるので上がる気がしません。 子供のころに上がったような微かな記憶があるのみです。

 湯豆腐は『徳松院』がお奨め、南禅寺の北隣にあります。
 南禅寺の山門前の通りにはみやげ物やや湯豆腐の看板を出したお店がたくさんありますが、南禅寺の境内に入って左に抜けたあたりにある『徳松院』は、もともとお寺のようで、その庭を眺めながらゆっくりと気が済むまで心を休めることが出来るのです。
 また沢山のお客で順番待ちするときも縁側に腰掛けて庭を眺めながら待つのでイライラするどころか不思議な満足感を味わえます。

   料理は、「松」「きく」の2種類でもちろん安い方の「松」で十分。 3,150円なり。

GomadofuTororo
 美味なるごま豆腐で始まり、酢味の不思議な味のとろろと添物、そして柔らかい味の湯豆腐。 最後はてんぷらとご飯でお腹はしっかり落ち着きます。

Yudofu  タバコを吸う人は庭に面した外の席ですが、きっと吸わなくても大丈夫ですから奥の座敷に入れてもらいましょう。 庭もありゆっくり出来ます。 というより、時間がストップしてしまいます。
 但し、3時過ぎぐらいにはラストオーダになってしまいますからご用心です。

 お花見とはぜんぜん関係有りませんが、京都駅で俳優の中尾 彬さんに会いました。 桜に合わせてかピンクの目立つセーターを着ていました。 さらに帰りみち地下鉄の山科駅では築地哲也さんが多事争論の構想を練っているような難しい顔をして立ったまま思いにふけっておられました。 お花だけではなく有名人まで間近で見られてすごく得をしたような気分です。

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2006年1月25日 (水)

信州豊科日帰り出張

お仕事の打ち合せがあったので、長野県に出張した

滋賀県の大津からJR湖西線に乗って京都駅から新幹線名古屋。特急ワイドビュー信濃は2時間で私を松本まで連れて行ってくれた。

信州なんて遠いところだし、雪も深いから本当に時間どおりに辿り着けるのだろうか? そんな先入観はあっさりと吹き飛んだ。 特急信濃号はシートの座り心地も案外快適だったし、山間を走るその景色も山国日本ではそう珍しいものではない所謂渓谷の美しさを見せてくれた。

とにかく驚いたのは雪が無いこと! 
↓豊科駅
Ekiたまたまかも知れないが、
滋賀県人の私は昨日の会社の帰り道、日曜日に降った雪が所々道路を覆う中を転ばぬよう注意しながら家まで歩いたし、今朝は道路以外は白銀の世界を眺めながら駅に向かう途中、雪にうずもれた信州の町を想像していたのだ。
比良山系の麓にある我が家では今日は一日雪が降っていたのに雪国のはずの出張先の信州豊科ではカラッと晴れて町には残雪すらほとんど見られなかった。

Jonen_1まあ、この素晴らしい景色を見ることができたのはラッキーだったの かもしれない。 常念岳(2857m)の雄大な姿をたっぷり楽しむことができた。

といいながらも大糸線は糸魚川付近が大雪のため普通になっているし、北陸の雪のものすごさを想像してしまう。
日本の天気はいったいどうなってしまったのか。

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